第3話 コンクール演奏

コンクール当日、こっそりと会場に入った私は、スーツを着たタケルくんを遠目で確認した。


それはもう、惚れ惚れとするような姿だった。


中学の時は学ランで、それも中学生らしくてかっこよかった。高校の制服はジャケットで、いきなり大人っぽく見えた。


でも今日のスーツ姿は格別…!!

胸ポケットからのぞいているのは青色のハンカチーフ。

細身のすらっとした姿にスーツがよく似合っていた。



私、このまま死んでもいいわ…


気が遠くなるくらいのかっこよさにクラクラしていたら、ドレス姿の女性と目が合った。


向こうはしっかり私を見据えている。


え…


そこには髪をアップにして、ワインレッドのドレスを見事に着こなす絹さんがいた。


…バレた!!


話しかけられたら何て言えばいいだろう。

身構える私に、絹さんはにっこりと微笑んで去っていってしまった。


女王の風格…


何か私に言うわけでもなく、目でクギを刺されたとでもいうのだろうか。

そして、目の端に見えたのはタケルくんと仲の良い陸郎くん。制服で来ている。


せめて、陸郎くんには気付かれないように…


私はこっそりとホールに入った。


プログラムには、タケルくんの演奏曲の欄にバッハとラフマニノフと書かれている。

バッハは知ってるけど、ラフマニノフって誰…??


タケルくんの少し後の順番に、絹さんの名前もあった。


タケルくんの演奏番号がアナウンスされ、舞台に出てくる。


わぁ…!


少し緊張した面持ちの彼の表情。

学校では見ることができない…


頑張って!タケルくん!


私は祈る気持ちで、舞台の彼を見つめた。

鍵盤をサッと白いガーゼで拭き、呼吸を置いて指が鍵盤に…


途端に、美しい響きが私をさらった。


これがタケルくんのピアノ!!


ピアノを6年も習っていたのに、バッハなんて弾いたこともない。

だから、バッハがどんなものかなんて分からない。

だけど、毅然としたその演奏にすっかり心を奪われてしまった。

普段の、どこか線が細くて不安定そうな彼とは全く別人。


わー、すごい、カッコいい!

絹さんにバレたけど、来て本当に良かった!


えっと…次はラフマニノフか。

一体どんな曲なんだろう。




うわ…深い深いこの沈み込んでいくような感じ。

ロマンティック…

なんなのこれ…


これって、


これってもしかして…!!




私たちって、両想いなんじゃ……!!




すっかり夢の中にいた私は、タケルくんの次の人の演奏が始まってから、正気を取り戻した。


両想いなわけないじゃん。


タケルくんは、私のことなんて覚えてすらないんだから。


しかし、あのラフマニノフ?という人の曲は凄まじかった。

まるでタケルくんと恋してるような錯覚に陥るほど…


あんな演奏して落ちるなんてことあるのかな?

ピアノコンクールというものに初めて来た私にはレベルなんて分からないけど。


そうこうしていたら、ワインレッドのドレスが見えた。

絹さんか!


そこで私は更なる衝撃を受けることになる。

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