第4話 ピアニスト同士の直感

「バルトーク、いいなぁ、今いる生徒さんで他のバルトークの曲でもいいから誰か弾いてくれないかな~」

「太一くんとか?」

「あ、そうね、彼はオールマイティなところがあるから。でも美的感覚強すぎて遠慮しちゃう部分があるのよね。タオくんみたいな思いきりがある子が、高学年でいないんだよね」


「タケルくんは?」


僕は、はるか先生に習っているピアノ男子、2つ年上のタケルくんの名前を出してみた。技巧的とは言えないけど、雰囲気を持った演奏ができるから。


でも、それを聞いたはるか先生は目を丸くして僕を見た。


「本気で言ってる?」

「あ、ダメか」

「ダメよ、全然雰囲気にない。タケルくん殻にいまだに閉じこもってるし。あ、あのね、ちょっとだけ聴いて。この曲」


先生は自分のピアノの蓋を開けて弾き出した。


ゆったりとしたメロディー。重なる音色。響きが美しく、きっとLentoだな、ゆったりとした拍子感。でもどこか熱のある…


ふっと演奏を止め


「どう思う?」

「いい曲。ショパン?」

「そう。誰に合うと思う?」


ニヤニヤとした顔で先生が僕を見る。


「タケルくんでしょ」

「正解!!さすがタオくん!分かっていらっしゃる!

…でもまだダメなんだぁ。もう少し、彼がもう少し殻を破んないとね」


ふと呟いて、中間部の演奏を始める。コラール風の美しい音色を重ねていくそこは、一つ一つの音の美しさだけではなく、メロディーも和音もすべてが完成された世界。

先生は、大切そうに音を紡いでゆく。

目を瞑り、音に集中し


ねぇ、先生、誰のこと考えてるの?


ショパンならいい。ショパンにどんなに嫉妬したって完敗なのは分かっている。

でも


『タケルくんが弾くことを考えながら、この曲を弾いてる』


ピアニスト同士の直感というか、それは間違いないと思った。


タケルくんならどう演奏できるだろう、この音はどういう風に奏でる?

今は無理なら、いつ?いつなら弾ける?

それって、タケルくんの先まで見通すような、そしてきっとその時もタケルくんの側にははるか先生がいるんだ。


はるか先生の元を巣立ってしまった僕には、叶えられない未来。

はるか先生のレッスンを受けること。はるか先生に曲を選んでもらうこと。

はるか先生に、僕のことだけを考えてもらうこと。


ふと2つ年上のタケルくんに、嫉妬を覚えた。


僕はいつでも、はるか先生の中の優先順位はタケルくんより上だと思っていた。

僕の方がタケルくんより全国大会に行くことも多いし、課題曲選びの数も多い。レッスン回数も、本番が近づくと追加でたくさん入れてもらっていたし、何よりピアノを始めたのは4歳で、タケルくんは小学校に入ってから。

はるか先生との付き合いは、僕の方が長いはずなんだ。


でも、こんなオトナな曲、もし僕がまだレッスンに通っていても選曲しないだろう。

美しく切ない、恋人に贈るような夜想曲。


それはショパンのノクターンOp48-1だった。

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