第2話 ノートの持ち主

 わたしは少しだけ後悔していた。

 あのノートに最後に書いたことは、少しだけ変な形で伝わってしまうかもしれなかった。

「どうしよう……」

「ひかり。ここ最近、元気がないね」

 呼ばれてハッとすると、菜月は少し気づいていたみたいだ。

「何かあったの?」

「あ、うん……」

 わたしは言うのをためらっていると、菜月は思い出したように話し始めた。

「ひかり。これ、レイから預かってきたんだけど……」

 レイというのは菜月のいとこで、わたしの幼なじみの一人でもある。

 そんな菜月が渡してくれたのはあの紺色の表紙のノートで、びっくりしすぎて言葉が出ずにいたんだ。

 その反応に菜月は困ったような表情でノートを渡す。

「わたし、レイからこれをひかりに渡せってしか……言われてないんだよね」

 わたしはそのノートを自分の書いた文章を見て驚いた。

『ひかり。返事は書けないけど、フルネームは藤野零っていうんだ。同じクラスにいる菜月のいとこ』

「レイ……くん?」

 わたしは少し昔の記憶にその名前があった。

 レイくんは幼稚園の友だちで、男の子たちにいじめられていたのを菜月と一緒にかばってくれたんだ。

 よくバスの集合場所で遊んでいて、隣の学区の小学校に入学した。高学年になってからはあんまり遊んではいなかった。

 最近はいとこである菜月の話題しかなかったから、レイくんが日記の零くんに直結することはなかったんだ。 

「零くんと日記を書いていて、懐かしく思ったのはレイくんだったからなのかな? ちょっと安心したかもしれない」

「ひかり。零のこと、好きだもんね」

 いきなり言われてドキッとする。無駄に顔が熱くなってくる。

「……なんで知ってるの!? 菜月に言ってないよね?」

「でもね。ひかりと零が接してるときの雰囲気で知ってたの。お互いに両片想いしてるって感じかな?」

 菜月には全てお見通しだったらしく、ホッとしたときにノートを見る。

「まだ、零くん。書いてるね」

 その返事の下になにか書かれてあった。

『ここに来てほしい。話したいことがあるから』

 最後の行に住所らしきものが書かれてあって、学校の近くにあるところに来てほしいということらしい。

「菜月、どうしたの?」

 菜月の表情が曇っていた。

 わたしの心には波のない水面にさざ波が立つように、胸騒ぎがだんだんと大きくなっていく。

「実はね……零、いま学校に来ていないの」

「え、どうして?」

 零くんが昔から体が弱かったってことは知っていたけど、ここ数年は全く病気になったことはないって聞いていたのに。

「うん。本人から話してくれって言われてないけど……その住所は零が入院してる病院なの」

 菜月が少しだけ不安になってしまった。

 呆然としたまま放課後に、菜月と一緒に零くんが入院している病院へと向かった。




 季節は六月を迎えて、夏服になっていた。

 梅雨のじめじめとした空気と合わさって、ちょっと気持ちが沈んでいる

 菜月が病院までの行き方を知っているので、わたしもそれについていくことにした。

「零が入院してるのは聖橋学院大学の病院」

「近いね。バスで五分くらい」

「うん。バスで話すね」

 零くんが小さな頃から体が弱くて、病気がちになっていた。外で友だちと遊ぶことは少なくて、わたしと双子の弟の光輝こうきと菜月の四人で遊んだりもしていた。

 小学校高学年になると体が丈夫になって、普通に学校の友だちと遊んだりしていたという。

「でもね。中学二年のお正月のときにね。零がいきなり倒れて、そのときの検査で引っかかったの」

「え……」

 菜月が泣きそうにしながら、その言葉を慎重に話した。

「検査の結果で……重い病気になってることがわかって。それは子どもに多いんだって」

 わたしはそれを聞いてさらに不安になる。

 零くんが病気になってることを知らなかった。

「零くん。どうして伝えなかったの? わたしに」

「伝えたくなかったんだよ。きっと」

 そう話すと、バスは聖橋学院大学病院の前にバス停に到着した。

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