神殺し
一粒の角砂糖
妖怪
薄気味悪い村の残骸を抜けて、草木が長い間整えられてない神社の階段を一段一段登ってゆく。
背中に担いだ剣の鳴る音と獣の雄叫び声が聞こえる。
ところどころに腐敗した人間の死体が転がり、カラスはそれに群がる。
ここまで来るのにそんな時間を使ってなかったはずだが出発時に輝いていた太陽は、不気味な黒い影に遮られ禍々しい雰囲気を放つ。
階段を登りきると御札が張り巡らされた建造物が見える。
鳥居を僅かにくぐると拝殿を囲む形で南京錠のかかった檻のようなものでロックされている。
「邪魔。」と突き飛ばすようにして呟くと、一閃の光が伸びた。
刹那の間に取り出した剣をしまい、そのあとに足で蹴りを入れてやると粉々になって弾け飛んだ。
「あなたは……誰ですか……。」
物音に気づいた誰かが手水舎のお清めの水が使い物にならない黒色のドロドロの物体になった神社に、掠れるような声でそう聞いた。
「神殺し。」
不敬にも賽銭箱を蹴り飛ばし社殿へと近づく。
部屋に閉じ込められた少女の泣き顔をよそにまた扉を叩き斬る。
どこか脅えていたはずなのに。
「ああ。」ホコリと木くずがまう暗がりの中でやせ細った囚われの少女は興味を示した。
「それで……『私を殺して』。」
フードの少女は目を見開いた。
「……。」しばらく何かを考えた様子で、手に持った剣をしまう。
まじまじと汚れている巫女装束の少女を見た時、床にあぐらをかいた。
「お前は何を犯した。」
「え……?」
立ち上がってぽかんとなっている少女の胸ぐらをつかみ、持ち上げる。
「もう一度聞く。お前の罪はなんだ。」
空中で手を離しそのままズドンと落とすように座らせる。
「私は……。欲望に溺れた人間に虐げられてしまった。」
ぴくりとフードの少女が動く。
「……続けろ。」
「私がこの村に住み着き、神社で一人静かに暮らしている頃。気づかない間にそこに村は出来ました。……人間たちは私を崇め、生贄に赤子を差し出しました。私はそれを喰らわねば生きていけない。最初は赤子を捧げてくれる代わりにと私は権能を奮って、人々に富を与えてきました。」
「喰ったのか」御札が張り巡らされた社殿の内部で直球に眉を顰めながら聞いた。
「私の本心ではありません。……神崇められど元は妖怪。本能的なものなのです。これも私の罪でしょうか……。そして長い間住み続けると村は大きくなり、住民と私との会話も多くなる。気がつけば生贄を捧げる度に泣いてる夫婦がいる。私は心を痛めた。そして言いました……『これ以上赤子を喰らうのは嫌だ』と。」
「ほう。」刀を抜きながら僅かな光の反射を指でなぞるようにして、聞く。
「村の者達は反発しました。私は『生贄はなくとも権能は使える。』そう言って最初は抑えてました。……私は神じゃない。人を喰らわねば権能を発揮できない妖怪。それがバレるのは時間の問題でした。やせ細りながらも。力を最大限に振り絞り富を与えていた。それも限界が来てしまった。それならばと生贄を強引に捧げようとする村人たちを振り切り私は頑なに赤子を食べようとしなかった。そうした時村は私をここに監禁、封印し、その日から毎日髪の毛や皮膚を取られ続けた。次第に人々は私の事など忘れ、それ自体の絶大な栄養度……権能に似たその力。その欲に溺れていった。私はもう嫌だった。終わらせてしまいたかった。ただ寂しかった。昔の仲の良かった村の人々はどこにもいなかった。人間の優しさを知る私には耐え難いものだった。……死んでしまいたかった。自分が死んで元に戻るならそれで良かった。でも現実は違った。」
「……。」
彼女は剣の錆を睨みながら黙る。
「だから……また村人が私の皮膚や髪の毛を取りに来た時に私はこの二つに猛毒を盛った。霧状の猛毒を。切込みを入れればたちまち霧が蔓延し、あちこちが腐って行く。……あなたも見たのでしょう。この村の人達の腐った様を。」
悲しそうな顔で、目の前で剣をマジマジと見る少女の顔を指でなぞる。
「それがお前の罪か。」
剣に反射した物に全てを集中させる。
「はい。私は。もう見たくなかったのです。私の権能で。力で。人々の欲で狂ったこの村の様など。さぁ早く。村を壊滅させた私を……殺して。……私はもうこの罪悪感にも耐えられない。」
「そうか。」
彼女が立ち上がり腰を低くする。
小さく音が鳴る。
少女が女神に向かって剣を向けた。
光が伸びる。
刀の少女は札を睨む。
彼女は恐怖に目を閉じた。
開けるはずもないと思っていた目を開くと部屋中の札が切り裂かれているのを見る。
「なぜです……?」思わず呟いた。
「……私はお前を悪だとは思わない。神は殺す。だが。お前は妖怪だ。私の仕事は神を殺すこと。妖怪なんぞ三流の生物にこの刀を振るまでもない。……二度とその権能を使わないと言え。もう一度やり直させてやる。」
「いいえ。私はここからは出れません……封印が……それに……私はもう……生きたくない……。」
「私がなんのために剣を振ったか考えろ。お前は赤子を喰らって。涙を見て。死んでいいと思うのか。」
「ああ……あなたは……。」
彼女は剣をしまう。
外で風が吹き荒れ神社がキシキシと音を立てている。
スタスタと叩き斬られ倒れている扉の上を歩き、腐乱臭のする神社を去ろうとする。
妖怪は考えたあとに呼び止めるようにさっきよりも少し大きな声で喋りだした。
「まって。……それなら。あなたについて行ってもいいですか。」
「……なぜだ。ついてきたところでお前に仕事はない。足でまといだ。」
振り返って嫌そうな顔を見せる。
「私は欲のない人間と共にいたい……。寂しいです。1人は。もう、嫌です。だから……少しでも……一緒に居させてください。」
「一人が寂しいなら私の他を当たれ。私は一人が好きだ。お前とは合わんだろう。」
また顔を前に戻し歩き出す。
ただそれは何かをわかったようにかさっきよりも遅く。一歩一歩。明確に踏み出す。
妖怪は彼女を呼び止める。
「待って……!私は……一人じゃどうすればいいのか分からない。それに……」
『生きて償えるのならそうしたい』
彼女の覚悟を決めた目と意志。
微かに潤んだ彼女の目から零れそうな涙をちらりと見たあと、その言葉を聞いた少女は嘘の顔を和らげ、少し鼻息を吹いてから口角を上げた。
「勝手にしろ。妖怪。」
「ありがとう……。」
2人が境内から出る道のりは、霧を裂いた太陽が照らしていた。
神殺し 一粒の角砂糖 @kasyuluta
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