第52話 漁火

「あなたの願いを、叶えてあげるよ、夢海」



私の心を見透かしたように<小さな星>リトル・スターは呟く。

……いつから、この少女は気付いていたのだろうか?

よくよく見ると背中に生えていた羽が無くなっている。

<小さな星>リトル・スターは天使じゃなくなった?

いつの間に?



「私の事……どこまで知ってるっていうの?<小さな星>リトル・スター……」


「とりあえず、全部……かな。『始まりの"魔法使い"』さん……」


「そ……。そこまで分かってるなら、これはあなたに渡すべきだね」



そう呟くと私は机の引き出しの奥にしまっておいた奏の<夢>を、<小さな星>リトル・スターに投げて渡す。



「うん。ありがとう、夢海」



<小さな星>リトル・スターは奏の<夢>をうけとるとにっこりと微笑む。

この子は一体何を考えているのだろう?

私はこの<夢>の海に縛られている罪人だ。

その私の願いを叶えるという事は、つまり。



「もう、あなたはこの永遠に続く牢獄から、解放されてもいいんだよ」



そう……。

私の願いはこの無限に続く牢獄から解放される事だ。

しかしその願いを叶えるには理(ことわり)を書き換える位の対価が必要だ。

この世界の理(ことわり)を書き換える位の対価が。


私は始まりの"魔法使い"なのだから。

"魔法使い"の願いは"魔法使い"の願いを叶えられない。

その理(ことわり)を壊すだけの対価が必要だ。

それは一体何なのか。

その対価に、奏の<夢>だけではあまりにも小さすぎる。


私は諦めていた。

この<夢>の海から解放されることを。

この牢獄から解放されることを。

この無限に続く贖罪の日々が終わる日の事を。

何千年、何万年と続いていくこの終わることのない日々を。

だから私は、<夢>の海と書いて、『夢海』と名のるようになったのだ。

『夢海』という名前は、私の<罪>の証だった。



「この世界をあるべき姿に還そう、夢海」



この世界をあるべき姿に……。

それはつまり、この<夢>の海が存在しない世界。

人々の諦められた<夢>が自然と人々に還っていく世界。

でも、それは無理だ。

それが出来ているなら、今の世界はこんな<夢>の海を必要としていない。



「それを可能にするのが稀代の天才"魔法使い"の羽衣ちゃん、なんだよ」



<小さな星>リトル・スターはそう言って微笑む。

こんな十数年しか生きていないこの"魔法使い"に、そんな事が可能なのだろうか。

数万年生きている『始まりの"魔法使い"』にすら、不可能な事なのに。



「夢海、あなたの初めの願い、人々に<夢>が還りますようにと願った結果が、この<夢>の海」


「そう。そして私はこの<夢>の海に縛られ続けることになった…。何万年もの無限に思える時間の間……」


「じゃあ、その対価となったあなたの<夢>は何だろう?」


「それは……私の……」



答えることができなかった。

私は何を対価に願いを叶えたのだろう。

分からない……。

あまりにも長い年月は私の心を、私の記憶を奪い去ってしまったから。



「それはね……。あなたの<夢>は『願いを叶える"魔法使い"』であり続ける事。それを糧にあなたは願いを叶えた」


「何を言っているの……?私は"魔法使い"だよ……」



"魔法使い"でなければ何万年と続く時間の牢獄に肉体が耐えられない。

そう……耐えられるはずがない。

私は、"魔法使い"だ。

そのはずだ……。



「あなたの<夢>は諦められた<夢>となって、深淵の源になった。そして、その力を羽衣達は受け継いだ」



何をこの少女は言っているのだろう。

私には分からない……。

分からない……。



「羽衣や静空も幼い頃から"魔法"を使うことができた。それはきっと、このためだったんだと思う」



ゆっくりとゆっくりと<小さな星>リトル・スターは私に語りかける。



「深淵は、羽衣や静空の"魔法"の力の源になった。あなたからはもう願いを叶える"魔法"の力は失われている。だから、あなたは"魔法使い"であって、もう"魔法使い"じゃないんだよ」



<小さな星>リトル・スターはゆっくりと私に告げる。



「そう、あなたは『願いを叶える"魔法使い"』じゃない。だから、もう私に願っても良いんだよ」



私の願いが叶う……。

この<夢>の海を消し去ることができる。

私の<罪>を消し去ることができる。

その言葉はどんな言葉よりも蠱惑的で。

私は、<小さな星>リトル・スターの言葉のままに、願う。


この無限に続いていく牢獄から、私が解放されますようにと。


<小さな星>リトル・スターが私に、手をかざすと、私の体はうっすらと光に飲まれていき。

そして、私の意識はその光の中へと消え去っていった。



―――


光に包まれた夢海の体が消え去った後に残ったのは。

真っ白な夢海の<夢>の欠片。

夢海が一番に夢にみた、この無限に続く牢獄から抜け出して生きたいという<夢>。


羽衣はゆっくりとその<夢>を手にし。

ぽつり、と呟く。


「夢海。もうあなたの願いは叶ったから。これからは羽衣がその<罪>は羽衣が背負うよ……」



そして、羽衣は、クスリと微笑む。



「それが……『新しい"魔法使い"の世界』」

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