第51話 細波

白い細波が砂浜をうちつける。

薄暗闇の中。

夜明け前の砂浜の上を。

さらりさらりと、羽衣と翼希は裸足で砂浜を歩いている。

足元にはまだ輝きが足りない<夢>の欠片達。

まだ還る時を待っている<夢>の欠片達が散らばっている。



「こうして二人で歩いているとなんだか不思議な気持ちだね……」



羽衣は翼希に、にははと笑いかける。



「うん……そうだね。私はあなたの願いのせいで天使にさせられて。そして自分達の願いのせいで永遠に続く回廊に囚われた」


「それは申し訳なかったと思ってる。記憶が無かったとは、いえね」


「羽衣のせいじゃないよ。全部、<紅き黄昏>カーマイン・サンセット……静空がやらせたことじゃない……」



翼希は羽衣を咎めることなく、ゆっくりとした口調でそう告げる。

そう、翼希を天使にしてしまったのは羽衣の願いが原因で。

翼希を願いの回廊に閉じ込めてしまったのも<小さな星>リトル・スターだった羽衣だ。

その事は謝罪してもしたりないくらいだ。


翼希は幾度となく繰り返す願いの回廊で何度絶望しただろう。

けれど、それでも。

諦めることなく自分の物語を紡いで。

そして記憶を取り戻して、羽衣の事を助け出してくれた。



「本当に、翼希には感謝してる……」


「それは言いっこなしだよ、羽衣……」



細波が砂浜に夢の欠片を打ち上げるたびに。

細波が<夢>の欠片を打ち付けるたびに。

波に洗われた<夢>の欠片は淡く光り、空高くへと飛び立っていく。

新しい<夢>となって還っていく。

その<夢>の主の元へと還っていく。



「綺麗だね……」



ぼんやりとその光景を立ち止まって見つめながら、翼希は呟く。

羽衣も。



「そうだね……」



ぼんやりとその光景を見つめながら呟く。



「……静空の<夢>はどうするの?」



二人、きらきらと主の元へと還っていく<夢>を見つめながら。

翼希は羽衣に問いかけてくる。



「……静空の<夢>は、ちょっと力を使わせてもらった後に、あるべき場所に還すよ……」


「……そう……なんだ……」



少し陰りのある顔で、羽衣の顔を翼希は見つめていた。

それもそうだろう。

翼希は羽衣がこれから成すことを知らないのだから。

羽衣はこれから、静空が……。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットが成そうとしたことをしようとしている。

その事は、翼希には絶対に伝えることはできない……。



「そろそろ、夜が明けるね、翼希……」


「うん……」



朝焼けに染まった海原を二人で見つめながら。

昇ってくる眩しい太陽の光に照らされながら。



「それじゃあ……、もう良いかな……」



羽衣はその言葉を口にする。

翼希との別れの言葉を……。



「……何が……?」



翼希は羽衣の言葉の意味が分からず、不思議そうな顔で羽衣を見つめている。



「……翼希。『羽衣が天使だったら良いのに』という願いは、もう終わりにしよう……」



羽衣はゆっくりと翼希に向かって歩を進め、翼希を抱きしめる。



「今まで、ありがとう。翼希。ほんの少しの間だったけど、羽衣は楽しかったよ……」


「羽衣……あなた、何を言って……」



羽衣は翼希の言葉を遮って、手をかざすと、翼希の姿はかき消えて<夢>の欠片になっていく。



「羽衣っ!!」



その言葉を残して私の手元には虹色に輝く翼希の<夢>が残る。

その輝きは今まで見た<夢>の中でも格別に輝いていて。

とても美しい色をしていた……。


翼希の<夢>を海に還すと翼希の<夢>は一層輝きを増し。

暫くして、翼希の<夢>は空高くへと舞い上がる。



「さようなら、大切な、かけがえのない、もう一人の私……。キミは幸せになってね……」



輝く新しい<夢>となって地上へと還っていく、翼希を見つめながら羽衣は呟く。

さて……と。



「それじゃあ、行こうか、静空……。『始まりの"魔法使い"』の元へ……」



羽衣は昇ってきた太陽を背に、砂浜を後にする。

全てをあるべき姿に戻すために。

世界を、『新しい"魔法使い"の世界』にするために。


―――


夢。

夢を見ていた気がする。


幼い頃の夢。

"魔法"を使い続けた日々の事。

人々の願いを叶え続けた日々の事。

願いを叶える"魔法使い"と呼ばれた日々の事。

ただ、言われるままに人々の願いを叶え続けた日々の事。

自分の願いを叶えるために、少しずつ<夢>を集めて行った日々の事。

その結果、自分の夢が叶わなかった日の事。

人々の一番の<夢>を奪い去った日々の事。

そして……。

人々から全ての<夢>を奪い去ってしまった日の事。

それでも私の願いは叶わなくて。

その残された光景を見て絶望した日の事。


その光景を見て、私は願った。

奪い去った<夢>が人々の元に戻ることを。

奪い去った全ての<夢>が人々の中に還っていくことを。

それが、私がこの場所に封じられることになってしまった理由。


私は罪人だ。

人々から全ての<夢>を奪い去ってしまった罪人だ。

だから、この<夢>の海で揺蕩う<夢>を集めることになってしまった。

この<夢>の海で諦められた<夢>を管理することになってしまった。


ぼんやりと寝起きの頭で、思考を巡らせる。

何故、このような夢をみたのか。

もう何年も。

何十年も。

何百年も。

何千年、何万年と繰り返し続けてきたことだというのに。

その長きにわたる時間の中で、記憶すら凍てつかせてきたというのに。

何故今更になって、そんな幼い頃の夢を見たのか。


その理由はすぐに察しがついた。

私の部屋の扉の前には一人の少女が立っていたからだ。

少女の名前は<小さな星>リトル・スター



「あなたの願いを、叶えてあげるよ、夢海」



少女は、そう言ってクスリと微笑んだ。

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