第十二章 <夢>
第50話 水天一碧
その少女は幼い頃から"魔法"を使うことができた。
ありとあらゆる"魔法"を使うことができた。
その少女はその"魔法"で人々の願いを叶えて生きていた。
だからその少女は人々からこう呼ばれていた。
『願いを叶える"魔法使い"』と。
ぼんやりと眠たい目をこすりながら私は洗面所で顔を洗う。
そして、いつも通り、家の前に並んでいる人々の願いを叶えていく。
『明日天気になりますように』
『私を金持ちにしてくれ』
『生まれてくる子供が健康に生まれて欲しい』
『風邪をひいた娘が早く治りますように』
『旅の夫が迷わず帰り着きますように』
等々。
本当に人それぞれの願い事を叶えて行った。
人々からこっそりと、諦めた<夢>という対価をいただいて。
それが少女の"魔法"の源だったからだ。
その諦めた<夢>の力が強いほど、少女の力は増していった。
人々の願いを叶える日々。
ただそれだけの日々。
少女はその日々に飽き飽きしていた。
だから少女はいつの頃からかこう思うようになった。
『いつかこの諦めた<夢>の力を使って、私の願いを叶えてみよう』と。
けれど、少女の願いは叶う事がなかった。
なぜなら、少女の願いは諦めた<夢>の力だけでは叶うものではなかったから。
それならばと、少女は人々から一番の<夢>を奪うことにした。
しかしそれでも、少女の願いは叶うことはなかった。
少女は怒り狂った。
何故、何故、私の願いだけが叶わないのかと。
豹変した少女は人々から全ての<夢>を奪うようになった。
それでも少女の願いは、叶う事がなかった。
そして、少女が気付いた時には、自分以外の者達からは<夢>が失われていた。
全ての人々から希望が失われていた。
少女はその光景に絶望した。
そして慌てて、人々に<夢>を還そうとした。
しかし奪った<夢>達は還ることはない。
どんな"魔法"を使っても奪った<夢>が人々に還ることはなかった。
だから少女は願った、人々に<夢>が戻りますようにと。
少女の持っていたありとあらゆる<夢>を代償として願った。
その願いは、結果的に叶う事になった。
少女を<夢>の海という牢獄に縛り付ける事となって。
―――
羽衣はその光景をぼんやりと見つめていた。
つまり、この場所、<夢>の海とは、『願いを叶える"魔法使い"』を縛り付けている牢獄なのだと。
そして、この記憶の出どころは……。
羽衣はぼんやりと別の記憶を辿る。
それは静空の記憶……。
私の<夢>に交じっていた、静空の闇の記憶だ。
静空が何を成そうとしていたのか。
そして、その目的が何だったのかを羽衣は知る。
そうか……。
静空の目指す、新しい"魔法使い"の世界とは何だったのか。
それは、つまり……。
羽衣はゆっくりと身を起こす。
これは羽衣の体だ。
天使の羽も何もない羽衣の体だ。
脇のベッドではすやすやと天使の羽に包まった翼希が眠っていた。
「目を覚ましたみたいだね。羽衣……」
向かいのベッドからクスリと微笑むように静空が告げる。
「うん。目が覚めた。そして、静空、あなたが何をしたかったのかも……」
「へぇ……それじゃ、私が実は今までの記憶を失ったふりをしていたっていうのも?」
「うん。羽衣の中にある静空の闇……深淵が教えてくれた……」
「そう。で、どうするの?またやりあう?私はどっちでもいいけど?」
クスクスと静空は声を立てずに嗤う。
「ううん。羽衣も協力する。だから、世界を、新しい"魔法使い"の世界にしよう……」
羽衣は首を横に振りそう断言する。
「そう。あなたが協力してくれるなら話が早いよ……」
「そうじゃない。静空の<罪>は羽衣が背負うから。だから。もう、静空はもうおやすみなさいだよ……」
羽衣は静空に手をかざすと静空から闇の力……深淵の力を吸い尽くす。
「羽衣……あなた……」
静空の体を抱きしめながら、羽衣はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「静空、ごめんなさい。これは羽衣の仕事だから……」
静空の体が一つの<夢>の形となってかき消えていく。
「……馬鹿……」
その言葉を残して、静空の体は漆黒の<夢>となって消え去ってしまった。
静空は……静空の本当の体はもうこの世界に存在していなかったのだ。
静空の体は村が業火に包まれたあの日にはもう消滅していたのだ。
今まで一つの<夢>が深淵という闇を取り込んで、突き動かしていたにすぎない。
世界を新しい"魔法使い"の世界にするという一つの願いに向かって。
静空という"魔法使い"の抜け殻を。
静空だった漆黒の<夢>を見つめながら羽衣は呟く。
「あなたの<夢>も全てが終わったら還すから。今は力を貸してね。静空」
そう告げて羽衣は静空の<夢>を……、深淵を体に取り込んだ。
その様子を一人、ぼんやりと見つめている者がいた。
翼希だ。
羽衣はゆっくりと笑顔を作り振り返って翼希に声をかける。
「翼希、これから海を見に行こうか?」
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