第49話 夕凪

羽衣は深い闇の中をさ迷っていた。

深い深い闇の中を一人、揺蕩っていた。

これは一つの夢の形。

それは深淵と呼ばれるモノの中。


ぼんやりと羽衣は考える。

何故そもそも私だけが深淵を扱えたのか。

羽衣だけが深淵を操ることができたのか。


静空が纏っていた闇も、実は深淵だったのではないか。

深淵と闇は実は同一のものだったのではないのか。

この闇の中で羽衣はそう思い始めていた。


長い長い時間の中。

羽衣は闇の中をさ迷いながら一つの<夢>の欠片を見つける。

それは闇と深淵の<夢>。

それは羽衣の<夢>の欠片。


遠い、遠い彼方の記憶。

羽衣の奥に封じられた彼方の記憶。


―――


私はぼんやりと手にした深淵の<夢>を見つめる。

この中に羽衣がいる。

そんな気がしていた。

だから、この夢は私の中に還さないといけない。



「それは止めといたほうが良いと思うよ、翼希」



私の向かいのベッドで同じく深淵の<夢>を見つめていた静空は告げる。



「その<夢>はきっと今のあなたに扱う事はできない。それは羽衣の<夢>だからね」


「でも、この中に羽衣がいる気がするんだよ」


「……私達は待つことしかできないんだと思う。これは"魔法使い"としての勘だけどね……」


「そっか……」



私はそう呟きながら深淵の<夢>を一撫でして、ベッドの横のテーブルの上にゆっくりと置く。

早く、羽衣が帰ってきますようにと願いながら。

この体は羽衣のもの。

だから、早く帰ってきて、羽衣。


―――


夢。

夢を見ていた。

幼い日の夢を。

まだ、羽衣達が幼い日の事を、夢見ていた。

羽衣達はまだ幼くて。

"魔法"というものがどういうものか分からなくて。


けれど。

羽衣達は"魔法"をたくさん使うことができた。

羽衣達にとって、"魔法"を使うことが当たり前のことだった。

何故、羽衣達がこんなにたくさんの"魔法"を使うことができたのか。


それは。

羽衣達が、そう<夢>見続けていたから。

いつの頃からかその<夢>が羽衣に力を与え続けていたから。

その<夢>は『始まりの"魔法使い"』の願いから生まれたモノだったから。


羽衣。

暗闇の中で呼ばれた気がした。

羽衣。

真っ暗な闇の中、呼ばれた気がした。

羽衣。

深淵の中、はっきりと呼ばれた気がした。


ここが何処なのか分からない。

けれど、羽衣は誰かの呼び声に誘われるように物語のページを捲る。


そう、これは、始まりの"魔法使い"の物語。

それは一つの『<夢>』の物語。

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