第44話 "伝"

ひらり。

ひらりと。

桜の花が降っていた。

ひらりひらりと舞い降りていた。

私は公園のブランコに座り、ぼんやりと考える。


今まで私が我がままをしていたから、お兄さんは、私が宛先を書かないことを願ってしまった。

私がいつか、宛先を書いてしまうのではないのかと恐れて。

そして、お兄さんは全ての<夢>を失ってしまった。

心の奥底がチクリとざわめく。

何だろうこの気持ちは……。


……この世界は全ての<夢>を失ってしまった人で溢れていた。

この世界は全ての希望を失ってしまった人で溢れていた。


こんな世界……。

こんな人々が<夢>を失った世界なんて、誰が望んだんだろう。

私は、こんな世界に生きていたくない。

私は、こんな<夢>も希望も無い世界で生きていたくなんてない。



「あなたの、願い、叶えるよ」



その声と共に白い羽根が私の目の前に舞い降りる。

見上げると、そこには。

白い羽を生やした少女が浮いていた。



「あなたは、この世界に残った最後の<夢>の持ち主だから。羽衣が、そのお願いを叶えてあげる」



白い羽の生えた少女はにっこりと笑いながらそう告げた。

最後の<夢>の持ち主……。

つまりは、この世界の他の人は皆、願いを叶えてしまったっていう事か……。

それは全ての人が<夢>を失ってしまったっていう事。



「その代わりに、羽衣はあなたの大切な一番の<夢>を貰うね」



その言葉に私は背筋が凍り着く。

私の……私の<夢>……は。

ふと、少女の言葉に違和感を覚えて、問い返す。



「あれ……?奪うのは、一番の<夢>、だけなの?全部の<夢>じゃなくて?」


「そう。羽衣は全部の<夢>は奪わない。羽衣は一番の<夢>だけを貰って、それを<夢>の海に還すの」



<夢>の海……?

よく分からないけれど。

一番の<夢>だけなら。

全ての<夢>を失わないなら。



私の願いは……。

私の今の願いは、人々が<夢>を持ってて<夢>が溢れる世界。

こんな人々が皆、希望を失っている世界になんて生きていたくない。

私の一番の<夢>だけを代償にして。

それで皆の<夢>がもどるなら安いものだと思った。

そんな簡単な足し算ならプラスになる方を取るのがお得だ。


その為なら。

私の一番の<夢>は諦めても良いか……。

私の一番の<夢>。

それは……。



「うん。私の一番の<夢>、あなたにあげる。だから私の願いを叶えて」


「ありがとう。あなたのおかげで、この世界に<夢>が戻るよ」


「ううん。私は、この<夢>も希望も無い世界で生きていたくないだけだから」



私はこんな世界、望んでない。

こんな、<夢>も希望もない世界生きていたくないから。



「それじゃ、あなたの願い事、叶えてあげる」



少女は私のすぐ目の前まで降りてくると、私に手をかざす。

そして、私の体は淡い光に包み込まれて。

私達の目の前に淡いピンク色をした星の形をしたものが現れる。



「これが、あなたの一番の<夢>の形」


「あなたの願いは叶ったよ」



少女が空を見上げるのにつられて、私も空を見上げる。

するとそこには。

真昼だというのに輝くたくさんの流星が降っていて。



「<夢>は、ああして人々の心に還っていくの」


「そう……なんだ……」


「それじゃ、この<夢>は<夢>の海に還してくるね。ありがとう……」



そう少女はいうと、私の<夢>を優しく包み込むように持つと空高く羽ばたいていく。



「ありがとう、天使さん……」



私は高く高く飛び去って行く少女を見つめながら。

降りしきる、<夢>の流星を。

降りしきる、桜の花びらを。

私はぼんやりと美しいその光景をただ見つめ続けていた。



ひらり。

ひらりと……。

桜の花が舞っている。

ひらり、ひらりと舞っている。

私は一人、公園のブランコに腰かけて。


封筒の中の便箋を緊張しながらとりだして。

便箋を、ゆっくり、ゆっくりと読み進める。



その便箋の内容を読み進めながら。

そして、思わず吹き出してしまう。

それは便箋の内容は初恋の人からの何気ない手紙。

その内容は本当にくだらない世間話で。

私は、その内容に笑みがこぼれてくる。


そして、今まで宛先を書かなかった自分に後悔した。

書けなかった自分が情けなかった。

なんで、こんな何気ない手紙すら書けなかったんだろう。

どうして、こんな世間話みたいな手紙に返事ができなかったんだろう。


それは、その人に対して、特別な思いを抱いていたから?

それとも、その気持ちを大切にしていたかったから?

まぁ、そんなことは、もう今はどうでも良いかな。


私は一番の<夢>を失ってしまったのだから。

初恋の人と、また出会うという大切な<夢>を。


だから、さようなら。

私の大好きだった、初恋の人。



文を書く。

文字を綴る。

想いを綴る。

想いを伝えるために。

この気持ちを届けるために。

この淡い恋心を伝えるために。

この宛名のある手紙に想いを込めて。

届け。

初恋だったあなたの元へ……。

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