第43話 "通"

文字を綴る。

想いを綴る。

想いを伝えるために。

この想いを届けるために。

この淡い気持ちを伝えるために。


この気持ちを伝えるために。

私は想いをこの白い手紙に想いを託す。

この宛名の無い手紙に。

人々の<夢>が失われたこの世界で。


人々の<夢>がどんどん失われていく世界で。

親友の紗枝も願いを叶えて<夢>を失った。

クラスメイトの誰もが願いを叶えて<夢>を失った。

いつか私も<夢>を失う日がくるのだろうか。

私の願いの代償に。


それは嫌だな、と私は思う。

私は願いを叶えるよりも、<夢>を持ち続けていたかった。

この<夢>を信じて生きていたかった。

例え叶う事がない願いでも。

私はこの<夢>を持ち続ける事の方が幸せだった。

私はこの想いを……希望だけは失くしたくなかった。


朝早くに起きて、学校に行く前に、私は今日もポストに手紙を投函する。

宛先の無い手紙を。

行く宛もない手紙を。



「今日も、宛先の無い手紙ですか?」



私の投函を待っていたかのように郵便回収のお兄さんにそう声をかけられる。

正直、この瞬間が一番気まずい。



「はい……。迷惑……ですか?」



私はおずおずとそんな言葉を口にする。

迷惑でないはずがないのに。

こんな私の行為に付き合ってくれて。

しかも、その帰ってきた手紙には一筆言葉まで添えている。

そんなことを毎日のようにしてくれている。

迷惑でないはずがない。



「いいえ……。私も、あなたの手紙、好きですから……」



お兄さんはそう告げて、ポストの中の郵便物を回収する。

私はその言葉を聞いて固まってしまった。

私の手紙が好き……?

それはいったいどういう意味なのか?



「あなたは、願い事を、叶えないんですか?」



お兄さんにそう問いかけられる。



「私は……願い事を叶えるよりも、<夢>の方が大切ですから……」


「そうですか……。そういう所も、素敵だと思いますよ」



お兄さんは微笑んで、去って行った。

私はただその姿をぼんやりと見つめていた。

そんなわけで、その日は言うまでもなく、遅刻した。


―――


「紗枝ー?願い事は叶ったの?」



私は願い事を叶えに行った紗枝に声をかける。



「うん……叶った。叶ったから彼氏ができた」


「そう……。おめでとう。良かったじゃない」


「でも、なんか違うんだ……。こう。そうじゃないんだ、って違和感が凄くて……」



それは紗枝が全ての<夢>を失ってしまったからだろうか。

願い事が叶っても、全ての<夢>を失ってしまったから。

全ての<夢>を失うという事は、新しい<夢>も見つけられないという事。

私はその事を想像して、背筋がゾクリとした。


<夢>は無くても生きていけるのかもしれない。

けれどそんなの、普通の人間には無理だ。

人間は<夢>が無ければ生きていくことなんてできないと思うから。


私はやっぱり<夢>を捨てて、生きていくことなんてできない。

だから、私は願わない。

願ったりなんてしたくない。


けれど。

家に帰って、届いた手紙に添えられた言葉を見て、私は驚愕した。

そこには、お兄さんの筆跡でこう記述してあった。

私も、願い事を叶えに行きます、と。


そうか……。

お兄さんが何を願うのか分からない。

それでも、心の底がざわざわするのを感じた。


お兄さんが<夢>を失ったら、どうなってしまうのだろう。

今までの関係が崩れてしまうのではないか。

そう思うだけでその晩は一睡もできなかった。


翌朝。

私はいつも通り、手紙をポストに投函した。

するといつもの如く、お兄さんが郵便物の回収にやって来た。



「今日も、宛名は、ないのですか?」


「はい……すいません……」


「いえ、良いんです。……私が、そう願ったのですから」



お兄さんのその言葉に私は、驚きを隠せなかった。

私が宛名を書かないのを願った……?

何故?

どうして、そんな事を?

私はその疑問を問いかけることができず、ぼんやりとお兄さんを見つめる。



「私は、あなたに返事を返すことに、幸せを感じていた。だから、願ったんです」



そう……なんだ……。

私は、私はもう、手紙に宛先を書くことができない。

そう聞かされて、心に大きな穴がぽっかりと空いてしまったような。

そんな感覚にさらされてしまった。

今までも宛先を書かなかったのに……。


勝手な話だとは思う。

けれど……。

それでも……。

いつかは、自分の手で宛先を書くことができるかもしれない。

そう思い続けて。


私は。

言葉を。

想いを。

気持ちを。

したため続けてきた。

白い手紙に書き綴ってきた。


その意味のない行為にお兄さんは付き合ってくれて。

その何気ない一筆の返事に心が暖まって。



「ごめんなさい……。私のわがままで……」


「良いんです……これが、私の願いでしたから」



お兄さんは微笑むけれど。

どこか、不幸せそうで。

それも全ての<夢>を失ってしまったことによるものだと思う。

全ての<夢>を失ってしまった人は皆そうだったから……。

全ての<夢>を奪われるという事は全ての希望を奪われるのと同じことだから。

だから……私は……。

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