第十章 最後の願い
第42話 "文"
文字を書く。
想いをしたためる。
想いを伝えるために。
この想いを届けるために。
この淡い気持ちを伝えるために。
この気持ちを初恋の人に伝えるために。
私は想いをこの手紙に想いを託す。
この宛名の無い手紙に。
朝早くに起きて、学校に行く前に、私は今日もポストに手紙を投函する。
宛先の無い手紙を。
行く宛もない手紙を。
「今日も、宛先の無い手紙、ですか?」
私がポストに手紙を投函するのを確認するように。
私の傍には郵便回収のお兄さんが立っていた。
「あはは……すみません……」
私は苦笑いしながらそう答える。
お兄さんは宛先の無い手紙を回収しては、私の家へとわざわざ届けてくれる。
私が、こんな無意味なことをしているのを咎めることもせずに。
ただ、黙って、私の行為に付き合ってくれている。
何故、私がこんな無意味な行為をしているのか、咎めずに見守ってくれている。
それが、私には、嬉しかった。
その事に、安らぎを覚えた。
「それでは、明日には、また、ご自宅にお届けします」
「……ありがとうございます。それじゃ、学校いってきますね」
私はそう告げて学校へと歩を進める。
私が宛先の無い手紙を書き始めたのは、いつの頃からだろう。
もうかれこれ、5年近く続けている行為だ。
私は宛先を書くのが怖かった。
その宛先の相手。
初恋のあの人に、想いを伝える事が怖かった。
けれど、溢れる想いは抑えることはできなくて。
だから、宛先を書かずに手紙を投函し続けていた。
宛先のない手紙に想いを綴る日々。
その行為に、郵便回収のお兄さんは付き合ってくれた。
初恋のあの人も……。
とても優しかったあの人も……。
変わらずにいてくれるなら、私の想いを受け止めてくれるだろうか。
そう想いながらも、宛先を書くことができない日々が続いた。
どうしても宛先を書くことができなかった。
そんな無意味な日々を、私、奏(かなで)は続けている。
―――
ある時、封筒が届いた。
私の初恋の人からの封筒だった。
私はその封筒を開ける事が怖かった。
何が書かれているのか。
どんな内容が書かれているのか。
だから、私はその封筒を鞄の奥へとしまい込んでしまった。
―――
ある日のことだった。
どんな願いを叶えられる"魔法使い"の存在を知ったのは。
その"魔法使い"は願いの代わりに全ての<夢>を奪い去るという。
けれど人々は願いを叶えていった。
自分達の全ての<夢>を犠牲にして。
人々は願いを叶えていった。
それがどんな結果を招くのかも知らずに。
人々は始めは願いが叶ったことに歓喜した。
けれどそれも始めだけ。
全ての<夢>を失った人々は、ただ生きているだけの存在になった。
この世界からは<夢>が失われていった。
人々からは全ての<夢>が失われていった。
しかし人々は願いを叶え続ける。
自分達の全ての<夢>を犠牲にして。
―――
「奏ー、願い事、叶えに行かない?」
「紗枝、私はそんなのに興味ないから」
私は願いを叶えるつもりはない。
その願いを叶えてしまうのが怖かった。
何より私は自分の<夢>を失うのが怖かった。
自分の全ての<夢>を失ってしまっては何にもならないじゃない。
「紗枝は怖くないの?全ての<夢>を失うことが」
「んー……。私の<夢>なんて大したことないからね。願いが叶う方が良いかな」
「そう……なら止めないけど……」
私はそう告げて、家路に着く。
家に帰り着くと、郵便ポストにはいつも通り私が出した手紙が届いていた。
一筆のメッセージが添えられて。
私はそのメッセ―ジを読んで、心の底が少し暖かくなるのを感じる。
こんな無意味な行為に付き合ってくれてありがたかったのもある。
けれど。
私の言葉を読んでくれて。
その言葉に対して返事を返してくれて。
それがとても嬉しかった。
夕食後、私は寝る前に机に向かい。
再び言葉を、真っ白な手紙にしたためる。
想いを言葉にする。
この胸の高鳴りを言葉に変えて。
手紙を書き終えたら、ベッドに入り、連ねた言葉を思い出しながら。
深い深い夢の世界へと。
あの懐かしい日々の待つ夢の世界へと誘われる。
まだあどけない、雰囲気の初恋の人の待つ、夢の中へと。
夢の中で私は、その人を見つめているだけで。
その人が引っ越すという事を知って、私は勇気を振り絞って引っ越し先の住所を聞いた。
いつかお手紙を書くね、と言ってそれっきり。
私はお手紙を送る事が出来なかった。
けれど、その人から先に連絡がやって来た。
あれは5年も昔の事なのに。
何を今更、連絡してくることがあるのだろう。
5年も連絡を取っていなかった私に何を言うことがあるのだろう。
私は、机の奥にしまった、封筒の中の内容に想いを馳せる。
どうか、悪い知らせではありませんように、と。
私は夢の中で初恋の人を見つめながら、そう願い続けていた。
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