第40話 "忘れていたもの"

雨の中、羽衣は街の中を駆ける。

人々の雑踏のなか。

羽衣はただ、街の中を駆ける。


人々は、<夢>を失った顔をして。

ただ、そこに人々は存在していた。

存在するだけだった。


それは羽衣が<夢>を、人々の全ての<夢>を奪い続けた結果だった。

羽衣が本来還すべき<夢>の海に、<夢>を還さなかったからだ。

諦めた<夢>が、人々の新しい<夢>として還らなかった結果だ。


羽衣は<罪>を犯した。

人々から全ての<夢>を奪うという<罪>を。

その全ての<夢>達を使って自分の願いを叶えるという<罪>を。

記憶を失っていたとはいえ。

静空に……<紅き黄昏>カーマイン・サンセットに利用されていたとはいえ。

羽衣は……<小さな星>リトル・スターとして<罪>を犯した。


羽衣は街の中を駆ける。

<小さな星>リトル・スターと呼ばれる存在だった者の館があった場所へと。

羽衣は駆け抜ける<夢>を失った人々の合間を縫って。

例え、羽衣に何の力がなくなってしまったのだとしても。

羽衣は静空を止めなければならない。

静空を止めなければ、世界はますます壊れてしまう。

理(ことわり)が崩壊してしまう。


しかし、館の中は、全てもぬけの殻で。

羽衣はどうすることもできないことを、思い知らされる。

きっと静空は、どこか別の世界にいってしまったのだ。

もう羽衣の手の届かない別の世界へと……。


羽衣はただ。

この雨の降りしきる世界にとり残されて。

何もすることもできない。

その事実が羽衣の心を蝕んでいく。

<小さな星>リトル・スターとしての<罪>が、羽衣の心を蝕んでいく。


羽衣は……無力だ。

羽衣は……雨に打たれながら。

羽衣は……祈るように雨の降る空を見上げる。


羽衣はただ空を見上げていた……。

静空が何を望んでいるのか……。

新しい"魔法使い"の世界とは、何の事なのか分からない。

分からないけれど。


それは放っておくことができない。

それを放っていてはいけないと。

そう思った。


だから、羽衣は願う。

羽衣の今の願いは……。


願いを叶える"魔法使い"は、もう誰も存在しないけれども。

誰か、羽衣の願いを叶えて。


だから誰か……。

誰か……。


絶望に満ちたこの世界で。

羽衣がそう願っていると。

見上げ続ける雨模様の空から、白い羽根が一枚舞い降りてきた。

ひらりひらりと舞い降りてきた。


羽衣はこの羽根の持ち主を知っている。

この白い羽根は……。

この白い羽根の持ち主は……。


―――


私は青い空の上から『千里眼』の力で見つけ出した、<小さな星>リトル・スターを見つめていた。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの手によって力を奪われ、雨に打たれている<小さな星>リトル・スターを見つめていた。

<小さな星>リトル・スターはただ雨に打たれながら雲の漂う空を見あげている。


私は、何もすることができなかった。


<小さな星>リトル・スターが人々の願いを無理やり叶えさせられるのを見続けるしかなかった。

人々が全ての<夢>を奪われるのを、ただそれを見つめ続ける事しかできなかった。

私はただの人間だから。


例え私は、今、天使であったとしても……。

私は元々は人間だったから。

どうすることもできなかった。

<小さな星>リトル・スターを見つめている事だけしかできなかった。

何も、することができなかった。


<小さな星>リトル・スターが力を失ったという事は……。

もう私と歩は無限に続く、願いの回廊から解放されたということなのに。

それなのに、私の心は、ざわついていた。


こんなの。

人々が全ての<夢>を失った世界。

こんな世界は私は望んでいないのだと。

全ての<夢>を失った人々を見て。

その姿を見て。

私はそれではいけないと思った。


一番の<夢>を失ったはずの、刹花達の笑顔を思い出した。

一番の<夢>を失ったはずの、ニクス達の笑顔を思い出した。

一番の<夢>を失ったはずの、ひまわりの精の笑顔を思い出した。

……私はその事に温もりを覚えていた。

一番の<夢>はなくても生きていける。

一番の<夢>を奪われても、笑顔でいられる人達がいる事が嬉しかった。


けれど、今の世界は。

人々の全ての<夢>が失われている……。

人々の笑顔が失われている……。


私は……。

私は、こんな世界を見るために、物語を紡いだんじゃない。

私は、一番の<夢>を失ったとしても、新しい<夢>を見つけられるのだと知りたいから。

物語を紡いだんだ。

だから……。

私は……。


この青い空から私は雨の降りしきる世界へと。

人々の<夢>が失われた世界へと白い羽を羽ばたかせる。

私が今やらないといけないことをするために。


それは、<小さな星>リトル・スターの傍にいる事。

<小さな星>リトル・スターと共にいる事。

だって<小さな星>リトル・スターは、私にとって……。

私は背中の白い羽を強く強く羽ばたかせる。


そうだ……。

そうだったんだ。


私は忘れ去っていた一つの記憶の一欠片を思い出す。

私が何故こんなにも<小さな星>リトル・スターの事を気になっていたのか。

何故、私が<小さな星>リトル・スターを見つめ続けていたのか。

何故、歩を救うという私の願いがこんなことになっているのか。

その理由は。

私は、<小さな星>リトル・スターの……。


その想いを伝える為に、私は背中の白い羽を強く羽ばたかせた。

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