第六章 向日葵

第26話 ひまわり

青い青い真夏の空の下。

入道雲がむくむくと、やってくる。

その空の下でわたしは麦わら帽子を被って。

ひまわり畑をスキップしながら。

こっちだよーーーって、笑って振り返る。


お友達は息を切らせながら、わたしの所までやって来て。

そして、疲れた……と。

ポツリと愚痴めいたことを言う。


けれど、わたしはそんな言葉なんてKS(既読スルー)。

再び、ひまわり畑の中を駆け抜ける。


それがわたし達の日常だった。

わたしはそんな夏という季節が大好きだった。

だってわたしは、この夏という季節に生まれたのだから。

―――


彗夏すいか……」



声がする。

わたしを呼ぶ、声が聞こえる。



「彗夏……っ。彗夏……っ!!」



五月蠅いなーー……。

わたしはもう少し眠っていたいのに……。

わたしはもっと眠っていたいのに……。



「彗夏ーーーーーーーーーっ!!!」



「うるさーーーーーーーーーーいっ!!!」



耳元で大声を出されて、わたしはたまらず飛び起きる。

バネに弾かれたように跳ね起きる。

人が折角、縁側で気持ちよく眠っているのにいったいぜんたい何の用なのさ。


目を覚ますと目の前には男の子がいた。

わたしの耳元で叫んだのは、この男の子だ。


わたしは目をパチクリとさせ。

男の子の顔をじっくりと見つめる。



「どうした?彗夏?」


「いや、何でもない……何でもない……」



この男の子の名前は。

名前は……何だっけ……?

えっと……。



「それで何の用だっけ?始?」



わたしの意志とは関係なしに口が勝手に言葉を紡ぐ。

そう。

始だ。

この夏、この田舎の村でできたわたしのお友達。

同い年くらいのお友達だ。



「今日も遊びに行く約束したじゃないか……」



そう言って、わたしが寝ころんでいた縁側の隣に座る。

そうだ。

そうだった。

すっかり忘れていた。

すこーんと忘れて眠りこけていた。

今日は遊びに行く約束をしていたんだ。

始と一緒に、遊びに行く約束を。

何で忘れていたんだろうか。

そんな大切な約束を。

……何で?


……分からない。

……分からないけれど。

それはこの、うだるような真夏の暑さのせいにすることにした。



「ちょっと待っててねー」



わたしはそう言うと、部屋の壁に向かい、帽子掛けにかけてある麦わら帽子を手に取って。

頭にすっぽりとかぶせて、壁にかかってある鏡を見つめる。

うん、今日もばっちり。

流石、わたし。

真夏に咲く一輪の花って感じだね。

何せ、わたしは夏生まれですからね。

夏の格好が似合っていて、当然と言えば当然なのだ。

えっへん。



「別にそんな鏡見つめてても、大して変わらんぞー」



縁側からそんなデリカシーの欠片も無い声が聞こえてくる。

むー……失礼しちゃうな。

鏡を見て身だしなみをチェックするのは、乙女のポリシーなんですうううう。

ぷんすか。


わたしは思いっきり機嫌を損ねながら縁側へと向かう。

そしてぶっきら棒にこう言い放つ。



「準備できたよ。じゃあ行こうか?」


「お、おう」



わたしの怒った顔に気圧されたのか、始はちょっと戸惑いながらついてきた。

けれどわたしはぷんすか気分が収まらず。

思いっきり目的地へと駆けだした。



「ちょ、待てよっ」



そんなわたしに遅れまいと必死になって始はついてくる。

けれどその差は開くばかり。

それもそのはず。

このわたしは運動神経抜群なのだ。

そして始はドが付くほどの運動音痴。

なので、その差は歴然としている。


麦わら帽子が吹き飛ばないように、帽子に手を当ててわたしは駆け抜ける。

この真夏の青い空の下を。

気持ちのいい、青い空の下を。


そして辿り着いた場所は。

背の丈を超えるほど咲き誇る、ひまわり畑。

たくさんのたくさんのひまわりさん達が太陽に向かって咲いている。

『わたし達はここにいるよ』って主張するように咲き誇っている。


わたしはそのひまわり畑の中へと入っていき。

その中心で立ち止まる。

青い空に向かって、うーんっっと命一杯の伸びをする。


あーーー、気持ち良かった。

青い空を見上げていると。

ひまわりさん達の間から。

爽やかな一迅の風が吹き抜ける。

ひまわりさん達をゆらゆらと揺らしながら。


わたしはこの光景が、一番好きだ。

大好きだった。

だから、今日もここに居る。

……ても、まだここに居る。


……?

何をわたしは何を思ったのだろう。

少し小首を傾げながら、始がやって来るのを待つ。


待つこと数十分。

始は、盛大に息を切らせながらやって来た。

ほんと、だらしがないなぁ、このお友達は。

わたしは、その姿を見つめながら、始に笑いかける。



「ほんと、もやしっこだね、始は」


「はぁ……はぁ……ほっとけ……っ」



その言葉を受けてわたしは始のことを放っておくことにした。

わたしは再びひまわり畑の中を駆け抜ける。

これが本当の放置プレイ、なんちゃって。


スキップする。

スキップしてまわる。

この黄色いひまわり畑の中を。

ひまわりさんたちの間を縫うように。


躍る。

躍ってまわる。

そよ風に揺れるひまわりさんたちと、仲良く躍ってまわる。


その姿を始はぼんやりと見つめている。

そんな始を放置して、わたしは踊るように、ひまわり畑の中を。

この大好きな、ひまわり畑の中をスキップしていた。

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