第27話 きょうちくとう

ぼんやりとこんなことをおもう。

なんで、わたしはここにいるのだろう。

どうして、わたしは、ここにいるのだろう。


そもそもここはどこだろう。

おほしさまのインテリアでかざられたちいさなおへや。

そのちゅうしんには、ひとりのしょうじょがぼんやりとわたしをみつめてすわっている。



「私の名前は<小さな星>リトル・スター。……あなたの願い、叶えてあげるよ」



しょうじょはポツリとそうつぶやく。



「……あなたの一番の<夢>を犠牲にして、ね」



しょうじょはクスクスと、えみをうかべながらそうつげる、

そのことばに、わたしはせすじがゾクリとした。


わたしのねがいを、かなえてくれる。

わたしのねがい……。

それは……。


でもそのだいしょうに、いちばんの<ゆめ>を失う。

そのことに、ためらいをおぼえる。

けれど。

それでも。


わたしはねがいをかなえることにした。

わたしのいちばんの<ゆめ>をだいしょうにして。


―――


「彗夏……っ。彗夏……っ!!」



うー……。

今日も五月蠅いなーー……。

わたしはもう少し眠っていたいのに……。

わたしは願いを叶えたのだから……。

わたしはもう少し眠っていたいの。



「彗夏ーーーーーーーーーっ!!!」



「うるさーーーーーーーーーーいっ!!!」



いつもの如く耳元で大声を出されて、わたしはたまらず飛び起きる。

うーん……。

縁側で人が気持ちよく眠っているのを、妨害するのはやめて欲しいんだけどな、いやマジで。

始はKYなんじゃないだろうか、まったく。

本当に田舎の子は、教育がなってないね。



「そもそも、遊びに行く約束をしたのは、お前だろ」



む……。

そうだっけ?

なんか頭がまだ夢見心地で、よく考えが纏まらない。



「で、今日も行くんだろ。ひまわり畑」


「あ、うん」



わたしはぼんやりとした口調でそう答えると、ふらふらと壁に向かい帽子かけにかかっている麦わら帽子を手に、ふと考える。

……わたしは何を願ったんだっけ。

帽子を被った自分の姿を鏡で見つめながら、考える。

……わたしはの一番の<夢>ってなんだったっけ。

……分からない。

……分からない。

鏡の中のわたしの顔は難しそうな顔に歪んでいる。

わたしが鏡を見つめながら、うんうん唸ってかんがえていると。



「そんなに見つめてても、そんなに可愛くならないぞー?」



縁側からデリカシーの欠片も無い言葉が飛んでくる。

ああもう。

本当に田舎者はいやだいやだ。

わたしがこんなにも悩んでいるというのに、無神経な言葉をかけてくるなんて。


わたしはいつにも増してぷんすか気分で縁側へと向かう。

そして無言で始を置いてひまわり畑に向かって駆けだした。


わたしの背中からは始が待てよという声がかけられるけれど、KS(既読スルー)。

なぜわたしはこんなにも怒っているのだろうか。


わからない。

なんでだろう。

けれど、胸の奥底がチクリとしたのを感じた。

胸の奥底がざわざわとするのを感じていた。


だから、それを。

その気持ちをかき消すように。

頭の上の麦わら帽子が吹き飛んでいかないように手で抑えながら。

全力で青く澄み渡った空の下を、駆け抜ける。

赤い夾竹桃の咲き乱れる路地を、駆け抜ける。

ただ、がむしゃらに、駆け抜ける。

なんだろう、この気持ちは。


ひまわり畑の中に入り。

ひまわり畑の中心で。

わたしは、はぁはぁはぁ、と息を切らせて、汗を拭う。

何してるんだろう。

わたしは。


始に八つ当たりみたいなことをして。

本当に……何をしているのだろう。



「あなたの願い、面白かったよ」



突然、背後から声をかけられた。

その声は。

その声の主は。


わたしを<小さな星>リトル・スターの元へと導いた声の主。



「でもね。あんな……あんな<夢>じゃ足りないんだよ。もっと強い<夢>じゃないと……」



クスクスと笑みを浮かべながら紅い洋服の少女はそう告げる。

わたしの<夢>。

わたしが代償にした<夢>を馬鹿にするなんて。

そんなことは絶対に許さない。

絶対に。


わたしは紅い洋服の少女をキッと睨む。



「あー……怖い怖い」



お道化る様に少女は嗤う。



「何がそんなにおかしいの?」


「ううん、なんでもないよ。ただ、あなたの新しい<夢>に興味があったから。だからもう一度願わない?あなたの新しい願いを」


「……何で……そんな事……」



冷たく嗤う少女にわたしは問いかける。

わたしの新しい願い……。

新しい<夢>……。

甘い誘惑にわたしの心は揺さぶられる。

駄目だ。

駄目だ、そんな事。

この新しい<夢>だけは。

この<夢>だけは失うことはできない。

失っちゃいけないんだ。

だから。

わたしは。



「わたしはもう二度と願わないっ。この<夢>だけは手放せないっ!!!」



叫ぶようにそう告げる。

はっきりと決別を宣言する。



「そう……、じゃあしょうがないね。気が変わったらまたおいでよ、<小さな星>リトル・スターの所に」



わたしの言葉に嘲笑うように少女は、ひまわり畑の奥へと消えて行った。

わたしは青い空の下。

黄色いひまわり畑の中。

消え去っていった、紅い洋服の少女の姿をただ見つめ続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る