第9話 自由
そして俺は、あれよあれよという間に、孤児院の保証人になることになった。
保証人となるにはそれなりの爵位がいる。
そう国王は言って俺を貴族へと召したててくれた。
それから数年の月日が経ち。
国内で大規模な内乱が起こった。
国王は俺が戦場に出ている間に討たれ、俺はいつの間にか次の国王へと祭り上げられていた。
『英雄アッシュ』は国王に相応しいと民衆が祭り上げたのだ。
まるで何かの運命がそうさせているかのように。
民衆は狂ったかのように宴を催した。
『英雄王アッシュ』の誕生を祝して……。
国王の服を着せられた俺は宮殿を歩きながら、ふとした気配に気が付いた。
誰かがいる。
何者かは知らないが、侵入者がいる。
人気のない所で、俺を殺そうという腹積もりなのだろうがそうはいかない。
俺は懐に忍ばせたナイフを手に侵入者に向かって放り投げる。
しかしナイフは侵入者に命中することなく、虚空の彼方へと消えて行った。
「……何者だ?」
侵入者に俺は問いかける。
「久しぶりだね、アッシュ=グレイプニル」
その声には聞き覚えがあった。
忘れもしない、あの時、斬り捨てたはずの少女の声だ。
柱の影から現れた少女は数年たったにも拘らず、あの時の年のままの姿だった。
その姿にうすら寒い気色悪さをおぼえる。
「何しにここへ来た?」
俺は柱の影に佇む少女に問いかける。
「おめでとうを言いに来たんだよ」
少女はクスリと微笑んでそう答える。
「アッシュ。あなたは純粋な強さを手に入れた」
「……こんなものは願っちゃいない」
それに俺は、こいつの事を斬り捨てたはずだ。
俺の剣は確かに心の臓を貫いていたはずだ。
生きているはずがない。
そのはずなのに。
「いいえ、あなたはこの強さが欲しかったの」
困惑する俺を尻目に少女は告げる。
強さなんて自分だけで手に入れられた。
ましてやこんな強さなんて欲しくもなかった。
国王になんてなりたくもなかった。
「本当にそうかしら?」
少女はクスクスと微笑みながら俺を見つめる。
心の底まで見透かすような瞳。
そんな目をしていると思った。
「あなたは世界の全てが敵だった。だから願ったの。王のような強さが欲しいと、ね……」
「……」
「そしてもう一つ。ある少女は願った。孤児院が永遠に続きますように……と」
何を言っているのか分からなかった。
王のような強さと孤児院が永遠に続くのにどう関係があるって言うんだ。
「その少女の名前はノエル。私はノエルの願いを叶えるのと同時に君の願いを叶えてあげたんだ」
俺が王になれば孤児院は永遠に続いていく。
つまりはそういう事だ。
言葉が出てこなかった。
俺の願いが王を殺した……。
そう言われたも同然だったからだ。
世界の全てが敵だった俺にとって、王は良くしてくれたし忠義もあった。
『英雄』として祭り上げてくれた。
その王を俺が殺したと、少女は告げている。
「あなた達の願いは叶った。代わりにあなた達の<夢>はもう叶わない」
「……俺達の<夢>?」
俺はカラカラになった喉から声を出し、少女に問う。
「あなた達の自由で平穏な日々はもう手に入らない」
ぼんやりとした目つきで少女は俺を見つめながら。
「あなた達は永遠に不自由な毎日を強いられる日々に苦しめられる」
まるで罪人に死刑を告げる執行官のように。
「気付いていたでしょう?あなたは英雄として祭り上げられた時から、あなたはだんだんと不自由な生活になっているという事に……」
少女は俺に淡々とした口調で。
しかしあざ笑うかのように口元を緩ませながら。
「それが願いの代償」
笑みを浮かべて俺の問いに答えた。
「……私は君達の事をいつも見ているよ」
そう言うと少女は暗闇の中へと消え去っていった。
俺はただ少女が消え去った暗闇を見つめる事しかできなかった。
―――
それからの俺の国は戦いの連続だった。
次から次に隣国が戦いをしかけてくる。
王である俺も戦場に立ち戦った。
どんな戦いでも勝利をおさめ、生きて帰ることができた。
これも願いの力なのだろうか……。
しかし、呪いの様に平穏な日々は訪れない。
孤児院には度重なる戦で孤児達が溢れ、ノエルは職員を雇ってきりもりしていた。
そこには自由な日々も平穏な日々も欠片も無く。
俺達はただ不自由な日々に人生を費やさざるをえなかった。
世界の全てが敵のようだった。
これまでも、これからも。
世界の全てが敵だ。
そう思って生きてきた。
世界が俺達に不自由を強いるというなら、俺はそれに抗ってやる。
いつの日か自由を手にしてやる。
そしていつの日かあの少女を見つけ出し、お前の言葉は間違っていたと言ってやる。
その為に俺は戦い続ける。
この国の王として。
戦い続けてやる。
自由を手にするその日まで。
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