第8話 孤児院の少女

それから俺の生活は一変した。

どんな困難な任務からも無傷で帰り。

どんな困難な任務も成功させて戻ってきた。

いつからか人々は俺の事を神童と持て囃し『英雄アッシュ』と呼び称えた。

『英雄アッシュ』という肩書は悪いものではなかったが、自由なものではなかった。

事あるごとに国の行事には参加させられたし、国賓の相手もしなければならなかった。

今までのボロボロな衣服も新調させられ、窮屈な小奇麗な衣服を身につけることを強いられた。

何でこんなことになっちまったんだろうな、まったく。


そんなある日のことだった。



「アッシューー!」



休日に何か飯でもとろうかと街を歩いていると、声をかけられた。

振り返るとそこには見知った顔があった。

孤児院時代に一緒のパン切れを食べた仲の少女だ。



「ノエルか」



俺は、相変わらずボロボロの衣服に身を包んだ少女に返事をする。

片や今や『英雄アッシュ』と呼ばれる存在。

話しかけているのは、その辺の路地に居そうなぼろきれを纏った孤児院の少女。

傍から見たらかなり異質な光景に見える事だろう。



「立派になったね。アッシュ」


「お前は相変わらずみたいだな、ノエル」



下着にぼろ切れを纏っただけのような姿。

アイツが生きていた時となんら変わらない姿に俺はどこか苛立っていた。



「もうアイツはいないんだ。お前も好きに生きればいいんだぞ」


「ううん。私には小さい子の面倒を見る義務がある。そうしなくちゃいけない」



俺の言葉にそう答える少女の瞳はとても力強い光を湛えていた。



「まぁ……いいけどよ」



その瞳の光に耐えられず俺は思わず視線を逸らす。

ノエルはいつもそうだった。

自分の事よりガキどもの面倒を率先してみるような奴だった。

俺が孤児院を出る時も、こいつは自分の分の金を全てガキどもの面倒を見るための資金にあてていた。


俺にはノエルの事が理解できなかった。

自分の事より他人の事を優先するノエルの気持ちが。

自分が生きる事よりも、他人が生きる事を優先するノエルの心内が。

俺とノエルは真逆の考えを持っている。

そう思っていた。

だからこうして、コイツと今こうして話しているのも奇妙なことだなと思った。



「それよりも、アッシュ。孤児院が大変なんだよー」


「孤児院が大変なのはいつもの事だろう?」



ガキ共を十数人も抱えてノエルが一人で切り盛りしているのだ。

国の補助があるとはいえ大変なのには変わりはない。

他の年上連中はアイツが死んだのをこれ幸いにと、財産を分けるだけ分けて高飛びしちまった。

孤児院に残ったのは、ノエルただ一人。

自立できないガキ共の面倒を見るためだけに。



「国の補助がなくなりそうなんだよ……」


「そうか、そりゃ大変だな」


「そうか、じゃなくてええええ」



俺の素っ気ない態度にノエルは涙目で縋りついてくる。

おい、止めろ。

街の連中が思いっきり変な目で俺達の事見てるだろうが。

そしていつの間にか俺達の周りに人垣を作ってがやがやと話をし始めた。



「おい、英雄様が女の子を泣かせてるぞ」


「あらあら罪な男ねー。アッシュ様も」


「あれか?過去の女とか言うやつか?やるねえ、まだガキだっていうのに」



……。

思いっきり誤解されていた。

はぁ……しょうがねえな……。

泣き止まないノエルの手を取り人垣をかき分け俺は適当な食堂に連れていく。

そして適当に食い物を注文し、ノエルの話に耳を傾ける。



「で、なんでそんなことになってんだよ」


「えっと……それよりこんな豪華な食堂入っちゃっても大丈夫なのかな……」



ノエルは周囲をキョロキョロと見まわしながら居心地が悪そうにしている。



「いいんだよ、俺は英雄だぞ。それぐらいの金は持ってる」


「そっか……うん。英雄だもんね。立派になったよね」


「それは良いから話」



俺は運ばれてきた食事を頬張りながらノエルの言葉を促す。



「えっと……国王様が私みたいな子供が代表の孤児院には補助金を出せないって」



まぁ……その判断は正しいだろうな。

子供たちだけの孤児院になんて国が金を出してくれるわけがない。

しかもその代表がこんなボロボロの格好をした少女なら尚更だ。



「で、俺に何かして欲しいのか?」


「えっと……その……」



もじもじと何か言いづらそうにノエルはボサボサの髪の毛を弄っている。



「俺に孤児院の保証人になれーとか、そういう所だろ?」


「……うん……」



俺は一つ大きく、はぁとため息をつき考えを巡らせる。

これで俺が孤児院の保証人になった所で何の得があるというのか。

しかし同じパンの欠片を食べた仲だ。

見捨てるのも忍びないし、何より俺には力がある。

そのまま放っておいてもノエルのやつは何処か権力のあるやつの所に泣きつくに行くだろう。

そして、その条件はノエルにとっても決して良いものではないだろう。

俺はもう一つ大きくため息をつくと渋々と承諾することにした。



「……しょうがねえから、お前の話にのってやるよ」


「ほんと!?やった、だから私。アッシュの事、大好きっ!」



ノエルは目をキラキラさせて席を立ち俺に抱きついてくる。

やれやれ……世界の全てが敵だと思って生きてきたのにな。

ほんと何でこんなことになっているのやら、だ。

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