第二章 王
第7話 傭兵の少年
周りは全て敵だった。
友人も、親すらも。
世界の全てが敵だった。
そう思って生きてきた。
事実そうだったからだ。
物心がついてすぐ。
飢餓にあえいでいた時に手を差し伸べてきた大人。
そいつは俺のような孤児を集めて孤児院を設立していた。
傍からは立派な人物に見えただろう。
しかし、それは上っ面だけだった。
実際は国からの補助金を使って私腹を肥やし、孤児たちにはパン切れ一枚の毎日。
孤児たちは配られるパン切れを争うように食い散らかした。
たまに国からくる視察の時だけ、俺達はおいしい食事にありつけた。
そんな日々を送っていた。
だから俺はそいつを殺すことにした。
殺すしかなかった。
そうしなければ、俺達は生きていくことができなかったからだ。
殺すのはあっけなかった。
深夜そいつの寝室に忍び込み首をナイフで切るだけだった。
そして俺はそいつの溜め込んでいた財を使って高価な剣を買うことにした。
剣だけで生きていく。
この混沌の砂のばかりの国では一番食いっぱぐれがない方法だった。
それから俺は傭兵として生きてきた。
それが俺、アッシュ=グレイプニルだ。
―――
「なぁアッシュ。こんな噂を知っているか?」
傭兵仲間のナクスが食堂でそんな事を問いかけてくる。
ナクスは一回り幼い俺にも気さくに話しかけてくる傭兵らしくないやつだ。
「どんな願いでも叶えてくれるヤツがいるそうだ。それはどんな願いでも、だ」
そんな馬鹿な話があるものかよ、そう思い目の前の肉を貪る。
「信じてねえって面だな。俺も始めは信じちゃいなかったさ。けれどそれは大きな間違いだった」
言いながらナクスは懐から金の塊を取り出した。
「……なんだ、その金は」
率直な疑問を投げかける。
「俺はそいつに願ったのさ。金をありったっけ手に入れたいとな。そしたら気付いたら金が手に入っていた」
「……騙されたんじゃないか、そいつに」
「いやいや、そんな事ねーよ。そいつは俺から一銭もとっちゃいねえ」
ナクスはかぶりを振ってそう答える。
「それがそいつの手口なんだよ。願い事が何でも叶うとなれば、そのうち大金をつむ奴が現れるかもしれねーじゃねーか。そしてそいつはその金を貰ってドロンだ」
「ふむ……それは一理あるな」
金を懐にしまいながらナクスはそう告げる。
「でもまぁそいつが高飛びする前にお前も一度行ってみろよ。お前が何を願うか知らんけどな」
笑いながらナクスは席を立ち去って行った。
何でも願いを叶えるか……。
俺の願い……。
ただただ生きるために剣を振るって生きてきた。
そんな俺の願いは何だというのだろうか。
そう思いながら食卓の上の肉を貪った。
―――
願いを叶える館の噂はたちどころに街中の噂になった。
財を得た者や病気が治った者から、死者を蘇らせたという者まで、様々な願いが叶ったという。
そんな噂の中、一人の男が恐怖を覚えていた。
この国の王だ。
いつか自分の地位を脅かす願いをするものが現れるのではないかと。
いつか自分に成り代わり王になりたいなどと、願うものが現れるのではないかと。
だから俺達はその館を探し出し館の主を殺すことを命じられた。
館を探すのは簡単だった。
願いを叶えたナクスを締め上げるだけで済んだからだ。
ナクスに館の場所を吐かせ、俺はその館へとやって来ていた。
夜の帳が降りた頃、俺は館に慎重に忍び込む。
部屋の最奥、星のインテリアで飾られた場所に異国の恰好をした少女が座っていた。
「……待っていたよ」
「は?誰を待っていたって言うんだ?」
怪訝な顔で問い返す。
「アッシュ=グレイプニル、あなたを、だよ」
「……」
どこで俺の素性が漏れたのか。
ナクスの奴が漏らしたのだろうか?
まぁそんな事はどうでも良いか。
「俺はお前を殺しに来た」
「うん、分かってる。でもその前にあなたの願い叶えてあげる」
何を言っているのか理解ができなかった。
殺される前に願いを叶えるだと?
これはこいつなりの命乞いなのだろうか?
「俺に願いなんてものはない」
言いながら剣を抜き放つ。
「アッシュ……あなたの願いは純粋な強さ。これからあなたは今より強くなる」
「傭兵なんだから強さを求めるのは当たり前だろう?」
それにそんな簡単に強くなれるなら苦労はしない。
「……それもそうね」
言いながら少女は手を俺にかざし何かを唱えはじめる。
「これであなたの願いは叶ったよ。あなたの<夢>の代わりにね」
「夢だと?」
「ナクスは金を手に入れたいと願った。その代わり長く生き続けるという<夢>を失った……」
「……」
ただの傭兵でしかない俺には<夢>なんかありはしない。
つまりはこいつはタダで、俺に純粋な強さをくれたという事か。
そんなことができるはずはないと思うのだが。
「じゃあ試してみるか……」
俺は剣を振り下ろし目の前の少女を切り伏せる。
振り下ろした剣はサクリと少女の心の臓を捉え少女から真っ赤な血が噴き出す。
「……」
物言わぬ肉塊になった少女だったものを見つめながら、俺は剣の血を払う。
……確かに以前より剣の振りは早くなったように思う。
俺は強くなったのだろうか。
よく分からんが。
まぁ別にそれならそれでかまわない。
ありもしない夢と引き換えに強さを手に入れたのだとしたら儲けものだ。
そう思いながら剣の血を払い、俺は屋敷を後にした。
―――
アッシュが去った後、しばらくして。
物言わぬ肉塊となった少女の指がピクリと動く。
そしてみるみるうちに傷口が塞がり、切られる前の少女を形作った。
「……やれやれ。この世界の住人は、血の気が多くて困るね……」
「……わざわざ人のシマまでやって来ていう台詞ではないわね」
物陰に立っている女性はため息をつきながらそう呟く。
「
「いいえ。たまたまあの子が血気盛んなお年頃だっただけよ」
「そう……でも、おかげで良い収穫ができたよ……」
言いながらキラキラと星の形をしたものを掌で弄ぶ。
「それがあの子の<夢>?」
「そう。これがアッシュ=グレイプニルの<夢>の型」
手に持った星を少女は瓶に大切にしまい込む。
「これで、あの子は二度と<夢>を叶えられない……」
そう呟く少女の笑みは薄暗く冷たい表情を湛えていた。
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