第6話 閑話:ある日の物語~幸せだった日々~
私達はいつもの様に二人で通学路を駆けぬけること数十分。
校門を猛スピードでくぐり抜け下駄箱で上履きに履き替え、リノリウムの廊下をパタパタと駆け抜けて教室のドアへ。
校内に鳴り響くチャイムの音と共にガラガラと勢いよく扉を開ける。
「セーーーーーーフっ」
私と歩は勢いよく教室へと体を滑り込ませる。
「アウトだ、アウト」
教卓を見ると、出席簿を片手に担任の先生が頭を抱えていた。
「本当に仲が良いな、お前らは」
担任の先生……四条先生の言葉に教室は笑い声に包まれる。
「如月に水無月、お前ら、遅刻な」
「えええええ!チャイムギリギリじゃないですかっ」
四条先生の無残な死刑宣告に私は食い下がる。
「残念ながら、今のはホームルーム終了のチャイムだよ。だからアウトだ」
言われてハッと時計を見ると確かに登校時間を10分過ぎた後だった。
「で、水無月はどうしたんだ。顔に紅葉マークなんかつけて。また夫婦喧嘩か?」
「「違いますっ」」
私と歩の否定の声がハモる。
その様子に教室はまた笑い声に包まれる。
……やれやれ、そんな関係じゃないんだけどなぁ、本当に。
視線を向けた歩は苦笑いしながらかぶりを振る。
まぁいいか、いつもの事だし。
「そんなトコに突っ立ってないで席に座れ、お前ら」
「「はーい」」
私と歩は返事をするとそれぞれ席へと向かう。
窓際の席の一番奥、そこが私の席だ。
私が席に着くと隣の席の女子……友達の霧島しおりが小声で声をかけてくる。
「ねぇねぇ、また何かやらかしたの?歩君」
「……別に何でもないよ」
「えー……でないとあんな綺麗な手形の付いた顔してないでしょ」
しおりに言われて歩の方を見ると不貞腐れた顔をして片方の手で頬杖をついてため息をついている。
その顔にはくっきりと真っ赤な紅葉マークがついていた。
「……当然の報いよ」
「えー……まぁそういう二人の関係、とっても良い直弼で尊み秀吉だよ」
しおりは両手を合わせて目をキラキラさせながらそう呟く。
「……わけわかんない事いわないで」
私はムスっとした顔でそう答える。
そもそも何よ、良い直弼で尊み秀吉って。
井伊直弼さんと豊臣秀吉さんに失礼じゃないの。
歴史上の人物の侮辱だと思うんですが、これいかに。
「おーい、如月に霧島。授業始めるぞー」
黒板の前で四条先生が私達に向かって早く黙れと視線を送っている。
「はーい」
しおりは言いながら手を挙げて正面を向く。
私もふうと一つため息をついた後、鞄から教科書とノートを取り出し授業に望む。
私の隣の窓には、一際遠く澄み渡る青い空。
はぁ……今日も平凡な一日だなぁ……。
空が、どこまでも青くて遠くて。
とても幸せな気分な一日だ。
今日も一日がんばろっと。
―――
炎天下の日差しも少し陰ったグラウンド。
遠くからは部活の人達の掛け声が聞こえてくる。
そんな言葉をかき消すように親友の霧島しおりの大きな声が木霊した。
「はぁ?パンツを見られたぁ?」
しおりはバケツ一杯の泥臭いゼッケンを洗濯しながら、信じられないといった目でこちらを見ている。
「しーっ!声が大きい、しおりっ」
私の声に呆れ顔のしおりは言葉を続ける。
「いやいや、あんた、どういう状況でそんなことになるのよ。普通見えないでしょ普通」
「……」
私としおりはサッカー部のマネージャーをやっている。
そんなわけで現在絶賛部活動中なわけだけれども。
「そこのアホがルンルン気分でスキップしてたんだよ」
私の背後から声がしたかと思うとヒュッとタオルが一枚バケツに投げ込まれる。
ナイスシュート。
じゃなくて。
「歩っ!あんた言いふらしてんじゃないでしょうね!」
「んあ?今初めて言っただけだぞ?」
「なら良し」
「……良いんだ」
半目でしおりがにまにまと私と歩の顔を交互に伺っている。
「ほーんと、仲いいよね。二人とも」
「「いや。全然」」
否定の言葉が絶妙にハモる。
「そういう所が、だよ。仲良きことは美しきかな。近藤良さみだねーまったく」
やれやれとかぶりを振ってしおりはタオルを一個バケツから取り出し歩に手渡す。
「ん???近藤勇がどうしたっていうの?」
「サンキューしおり。とりあえずそっちのへぼマネージャー。仕事しといてくれなー」
はいはい、それが私達のお仕事ですからね、そうしますよ。
私は頭にクエスチョンマークを浮かべながら再びゼッケンの洗濯を始める。
「ほんと、翼希は最近の言葉に疎いよね」
私と共に洗濯を再開するしおり。
「いえいえそんな事はありませんよ。歩関連でなんか来たらKS(既読スルー)ですおし」
「あははは。まぁそれは分かるわ。あんだけ夫婦漫才言われりゃね」
「しおりもそのうちKS(既読スルー)しちゃおうかな……」
「じょ、冗談でしょ?」
「さぁ、どうでしょうかね?」
と、私は悪そうな顔を作ってニヤリと微笑む。
「そんなー……私達親友でしょー……」
「どうだったかなぁー……?」
「翼希のいじわるー……」
私の言葉にしおりは涙ぐみながら私のジャージを引っ張る。
「まぁ冗談はともかく早く仕事片付けちゃおう」
その様子がちょっと可笑しくて私は笑みをこぼしながらしおりの頭をポンポンと撫でてやる。
「キーッ……私の事を弄んだんだねっ!!翼希の馬鹿―っ!!!」
しおりはそう言うと走ってグラウンドの方へと駆けて行ってしまった。
「……どーすんのよ、これ……」
私はバケツの中に浮かぶゼッケンの山を見つめながら呟く。
これ、今日中に洗濯できるかな。
そんな事を考えながら仕事を再開した。
―――
幸せな日々だった。
何気ない毎日が、とても幸せだった。
あんなことさえなければ……。
あんなことさえ起らなければ。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
どうして、こんなになってしまっているのだろう。
私と歩の人生はあの日以来。
永遠に続くメビウスの輪の様に。
二人でお互いに同じ結末を繰り返し続けている、
私は歩を救いたいと願い……。
歩は私を救いたいと願う……。
その繰り返し。
私は……。
私達は……。
どうすれば良いんだろう。
その問いを青い空に投げかけるけれど。
答えは帰ってくるはずもなく……。
私は、ただ、歩の事を見つめている。
また、歩が願いを叶えるその光景を。
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