第25話 寝不足者の破壊力?

 貴族酒場のことはスキュラだけに任せ、宿に戻ろう――そう思って店を出たが、足下がおぼつかない。

 

「な、何だ? 急に視界が……」

 

 まるでめまいを起こしたかのように、周囲の景色が回転し始めた。

 もしかしてここに来て、町を転移させた魔力消費で一気に疲れが回ったのだろうか。


「そこのあんた、大丈夫か?」

 

 ――などと、親切そうなおっさんが声をかけて来た所で暗転した。


 ◇◇


 一体どうなったのか分からないが、どうやらベッドに寝かされていたようだ。

 おっさんが運んで来たか、それとも――。


「マスターイスティさま、あのぅ」

「ん? もしかしてフィーサが? ベッドに運んでくれたのは君か?」

「ううん、ここへは小娘が連れて来たの。そ、そうじゃないの……そうじゃなくて」


 フィーサが小娘と言う相手は、ルティのことだ。だが肝心のルティは部屋にはおらず、スキュラの姿も無い。


 それにしてもさっきから、フィーサが顔を真っ赤にしながらもじもじしている。

 まさかと思うが、宝剣の姿としてではなく女の子の姿としてつきっきりで寝ていたのだろうか。


 全身を銀色に輝かせているフィーサは、何かを言いづらそうにしている。


「フィーサ? 何かあった?」

「マスターのお力が強くて離さなくて、ずっとずっと……」

「――うん?」

「あんな強引に掴まえられては、わらわでは太刀打ちできないの。だから……今度からは、わらわの方からマスターに近づくの」

「え、どこに行くんだ!?」


 よくは分からないが、フィーサは顔を赤くしながら部屋を出て行ってしまった。

 どうもさっきから身軽で、なおかつスースーしている気がしたのでおれは顔を下に向けてみた。


「はっ!? 裸!? え、何でっ……!?」


 まさかと思うが、親切そうに声をかけて来たおっさんの仕業か。

 身ぐるみはがされて、強引に宿に帰って来たというのもあり得る話だ。


「戻りました~! あっ! アックさん、おはようござ――って、あわわわわわ!?」

 

 部屋に入るなり、ルティの顔が一気に赤くなる。


「いや、これは――」

「こ、こここ……ここにアックさんのお洋服がありますからっ! み、見てませんよ!!」

「すぐに着替えるから!!」


 おれの服は、今の今まで荷物持ちの時から変わらない安っぽい軽装だ。

 汚れが無いということは、ルティが洗ってくれていたのだろう。


「ア、アックさん~……昨日は、ごめんなさいっっ!!」

「何のこと?」

「そ、そのその――」


 ルティも顔を真っ赤にさせて、言いづらそうにしている。

 おれが裸のままだったことが大いに関係しているようだ。


「そういや、魔石――」

「あ、ちなみに魔石は無事ですっ!」


 おっさんに取られるでも無く、無事なら何よりだ。


「ありがとう、ルティ。それで、ごめんとは」

「アックさんのお力は、今ではとてつもないものとなっていまして、すでにわたしよりもですね~」

「ふむ?」

「ごめんなさい、ごめんなさいっっ!!」

「のわっ!? な、何?」


 要点が分からないままに、ルティは勢いよく頭を下げまくりだした。

 上下に振る頭で風が吹き荒れているが、何という末恐ろしい光景なのか。


「昨日のことを、どこまで覚えていらっしゃいますか?」

「スキュラの護衛として酒場に行って、そこから一人で外に出て……」

「あふぅぅ……」

「まぁ何だ、怒ってないから落ち着いて」


 今にも泣き出しそうなルティだったが、まずは落ち着かせた。

 そしてようやく、彼女たちが戸惑っていた真相が判明する。


「すっごく寝不足なアックさんは、暴れていまして……それはもう、手配書に書かれそうな勢いで街の壁を破壊まくって――。それを止めたのがわたしなんです~」

「は、破壊!? え、おれがが? それも寝不足ってだけで?」

「はいい~……きっと疲れが溜まっていたのに加えて、酒場で何かあったんじゃないかなぁと」


 酒場では何もしていないし、何も起こってなどいない。

 せいぜいスキュラの悪戯を眺めていただけだ。


「何も無かったが……」

「ここまで破壊音が聞こえて来まして、わたしがアックさんを止めに入ったんですよ」

「一応聞くけど、どうやって?」

「全力の拳で!」


 まぁ、そうだろうな。

 今になって全身に痛みを感じているが、回復水を浴びた記憶もよみがえって来ている。


 そうなるとフィーサは、一体なぜあんなに恥ずかしがっていたのか。


「フィーサのアレは?」

「そ、そのその……アックさんに裸のまま、抱きしめられていまして~……」

「それか!」


 宝剣年齢九百歳のフィーサではあるが、可哀想なことをしたな。

 裸の状態で他に何もしてなければいいが。


「大変でしたね!」

「ところで、おれが裸になったのは何故だ?」

「全力攻撃で止めたら、息の根を……じゃなくて大変危険を感じましたので、急いで回復水をかけちゃったのです!」


 なるほど、危うくルティにとどめを刺されそうだったのか。

 いい機会だったのかもしれないな。今の今まで服をずっと変えていなかったわけだし。


 スキュラの護衛役でも、ボロボロの衣服のままで酒場に入った。だから護衛と思われたくさいが。


「ま、まぁ、キミのおかげで宿に戻れたし、ぐっすり眠れたから気にしなくていい」


 永遠に眠りそうだったかもしれないが、そこは言わないでおく。

 力はルティより上でも、まだまだ防御力は相当に低そうだ。


「それは良かったですっ!」

「ところでスキュラは?」

「全く帰って来なかったですよ。酒場で何かしていたんじゃないでしょうか」


 彼女のことだから心配なことは起きていないと思うが、あの貴族の男とは交渉がまとまったのだろうか。


「なるほど」

「アックさん、あの~……」

「どうした?」

「フィーサだけでなくて~、と、とにかく! いずれわたしもされたいです。で、ではでは! パンを焼いてきますねっ!!」


 あの赤らめた顔は何の意味だろうか。少なくともルティには、何もしていないはずだが。

 暴れて止められて、どさくさに紛れて何かをしたか。


 今度からきちんと寝るようにしよう。

 そういえば魔石は無事だったようだが、気になるな。


 【Uレア 鉄壁のルティ Lv.300】

 【SSSレア 忠実のフィーサ Lv.900】


「こ、これは!? 強くなりすぎだろ、ルティ」

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