第24話 宝珠貴婦人と貴族酒場へ

 宿に戻るとスキュラだけが起きていた。

 おれは早速剣闘場で稼ぐことや、転送士のことをスキュラに相談してみた。


「そういうことでしたら、まずは手持ちの稼ぎを得るために、あたしをお使いくださいませ」

「え、でもスキュラのその姿では……」


 彼女の見た目は人間に似せてはいるが、それはあくまで仮の姿だ。

 さすがに間近に来られれば、すぐに魔物と気付かれてしまうだろう。


「ご心配には及びません。アックさまから頂いた宝珠には、わずかながら魔力を込められます。貴族程度でしたら宝珠の魔力に惑わされ、宝石を持つあたしを貴婦人として見るに違いありませんわ!」

「貴婦人として貴族の酒場に潜入するってこと? いくらキミでも危険なんじゃ……」

「――ですから、エスコートをお願いしますわ。あなたさまがお傍にいて頂けたら、後で好きなだけ触角に触れて頂いても……」


 何とも艶めかしい動きを見せているが、ここで油断してはいけない。


「――いや、それは」

「フフフ……」

「と、とにかく、護衛役として同行するってことで合っているかな?」


 一瞬迷いそうになった。獣耳のように見える触角だが、スキュラの体に直に触れるようなものだ。

 何だかそれは、非常によろしくない行為のような気がする。


「それではあたしは一足先に、人間の姿になりますわね。今ここでご覧になりますか?」

「へ、部屋を出ているから! 外で待っているよ」


 色々興味はあるが、そこは知らないでおく方がいい。

 それにしてもルティからしょっちゅう回復ドリンクを貰っているのだが、基礎体力も上がっているし、拳の力はルティに迫っている気さえ感じる。


 ルティは何でも拳で解決したそうにしているが、本来は支援系だ。

 おれの方こそ、もしかすれば拳闘の方でもいけるかもしれない。


「お待たせしましたわ、ダンナ様」

「ダ、ダン――!?」

「そう深い意味でもありませんわ。アックさまのお立場は、宝石をいつでもどこでもお出しになる商人。そういう意味でのダンナ様ですわよ? お得意様のあたしと貴族酒場に……何もおかしくなんてありませんわね」

「そ、そうか」


 あまりに自然で慣れた感じだが、怖くて聞けそうにない。

 スキュラの格好は確かに、どこぞの貴婦人に見える。あからさまに宝珠をちりばめて、夜でも光で目立ちそうだ。


「そんなに見つめて、どうされました?」

「スキュラって、人間でいうと何歳くらいなのかなと」

「……くだらないことですわね。数字よりも、どれだけの人間が魅了されるか……それに尽きるはずですわ」

「ご、ごめん」

「アックさまにはお教えしても構いませんけれど、あたしの触手に触れられます?」


 スキュラの下半身は、タコとイカといった足になっていて触手がある。

 今は人間の足に変わっているが、やはりどこか危険な感じがあるのでやめておこう。


「そ、そのうちね」

「――いいですわ。それでは、人間ごときが富でわめく酒場に向かいますわね。護衛役、お願いしますわ、ダンナ様」

「ああ、分かった」


 今気付いたが宝珠で散りばめられた彼女に対し、おれだけがみすぼらしい格好のままだ。

 そうなるとガチャを使って、ダンナ様装備を出すことも考えねばならない。


 だがレア確定ガチャで出る高価な服を着るには、やはり相応のレベルが必要な気がする。

 それは強さというより人間性の問題になって来るのだが。

 とにかく今は、貴婦人スキュラの護衛としてついて行くしかない。

 

 ◇◇


 宝珠を散りばめまくった貴婦人姿のスキュラと、貴族酒場にやって来た。

 酒場に入って驚いたのが、想像よりも威張り散らした貴族ばかり集まっていたことだ。


 酒場に来た狙いは、金回りのいい貴族をつかまえることと、情報屋を見つけることである。

 アグエスタに来たものの、正直言って資金もツテも無いおれにとって、彼女の行動はありがたいものだった。


 そして酒場の中央に足を進めると、威張っていた男たちが一斉にこっちに注目した。

 正確にはおれではなく、大陸では珍しい青色の長い髪に碧色の瞳、そしてグラマラスな体型をした彼女だけに注目をしている。


 派手な彼女の邪魔をしてはいけないということで、おれは入り口から入ってすぐの壁に寄りかかっているだけ。スキュラの合図を待つか、別の何者かが接触をして来るかをじっくり待つ役目だ。


「ひゅ~! ど~こから来られたかな、そこのご婦人!」


 手笛を吹きながら、早速軽そうな男が彼女に近づいて来た。


「……水の都市からですわ」

「宝石も綺麗だが、あなたの美しさはここにいる自分……いや、全ての貴族が認めるだろう」

「そんなことより、どなたかあたくしの取引相手となるお方はいらっしゃらないかしら? もしおいでなら、あたくしの全てを差し上げてもよろしくてよ?」


 スキュラが言う実際の取引相手はおれになる。そうしたら後は、ガチャで出す予定の宝石類を、高値で取引してもらうだけだ。


 スキュラの全てを差し上げる発言は気になる所ではあるが、彼女の真の姿を知れば貴族は逃げ出すに違いない。


 誰もが「俺が俺が!」と声を張り上げる中、ずっと様子を窺っていた妙な男が口を開いた。

 どうやら酒場に入って来た時から、おれの存在にも気付いていたようだ。


「ご婦人、貴女あなたの名は?」

「あなたこそ先に名乗るべきではなくて?」

「――これは失礼した。私は、貴族ベッツ。アルビン・ベッツだ」

「ミルシェよ。それで、貴方のことはアルビン様とお呼びすればよろしいのかしら?」

「何とでも」


 宝石とスキュラが目当てでは無さそうだが、ベッツという名はどこかで聞いたことがある。

 

「それで、お取引を?」

「あぁ。だがその前に、壁際に立っている男とやり合ってみても?」

「……あの者はあたくしの護衛ですわ。気配に気づいておいででしたのね。やり合う……とは?」

「なに、護衛をする者の実力を確かめたいだけだ。よろしいかな?」


 スキュラは微笑みながら、目配せをして来た。情報屋では無く、戦いの方で合図をされるとは意外だったが。


 もし彼がまともな貴族騎士だとすれば、こちらの企みに勘づいている可能性がある。

 軽く拳で小突いてみるのも面白いかもしれない。


「おれの方は何も問題無い。かかってくるつもりなら、いつでも」

 

 さすがに真面目にやり合うつもりは無い。

 それというのも、自分の力がどこまで上がったかすら分かっていないからだ。


 ベッツという男がおれに近づいて来ると同時に、酒場では貴族連中の賭けが始まっていた。

 どうやらここでは日常茶飯事のようで、誰も騒ぎ立ててはいない。


「では、こちらから行くぞ」

「……どうぞ」


 どうやら拳だけで攻撃をして来るらしく、男は一直線に突進して来る。

 それならばと、おれは奴の初撃を交わす――予定だった。


 しかしおれの顔に当たるギリギリの所で、男はスリップをしてしまった。

 どうやら身体に異変を感じているようだ。


「――ちぃっ! 小賢しい真似を」

「え?」

「お前! お前は魔法を使う者か?」

「さっきから何を……? おれはただの護衛ですが?」


 ふとスキュラの方を見てみると、何かをしているのか手元が動いている。

 そうなると男の異常行動は、彼女によるむしばみによる魔法攻撃の影響を受けているといったところか。


「なるほど。酒場では手の内を見せるつもりは無い……そういうことか」

「いえ、そういうわけでは」

「――まぁいい。あのご婦人を守るということは、相当な手練れなのだろう」

「はぁ、どうも」


 いったい何が目的なのか分からないままだ。

 そうかと思えば、男は低姿勢で頭を下げながら改まった紹介をして来た。


「私は由緒正しいベッツ家の貴族騎士。あのような目立つご婦人ならば、何かを求めに来たのだと思い、近づいたまで」

「何かとは……?」

「それはまた今度にするとしよう。失礼した、護衛殿」


 そういうと貴族騎士の男は、スキュラの所に戻って何かの交渉を始めている。

 彼女に護衛なんていらないということは分かったので、彼女に手を振って酒場を後にした。


 貴族の男が情報屋じゃなかろうと、取引する相手であれば何でもいいと思うことにする。

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