第20話 裏切りと時間切れ

 魔石を沈める場所は、確か灼熱湯だったか。

 ここはバヴァルの意見を聞いて――。


「あれっ?」

「どうしました?」

「いえ、一緒について来てた女性がいなくて……ルシナさん、彼女を見ていませんか?」

「その方でしたら、お話の途中で席を外されてましたよ。何も聞いていないのです?」


 私のことは気にしなくていいですと言っていたが、だからといって一言も放たないとは。


「駄目です、駄目です~!!」

 

 奥の方からルティの声が聞こえて来る。何かあったのだろうか。


「ルティシアのことですから、何か合成に失敗したのではないでしょうか」

「え? そうなんですか?」

「はい。しょっちゅうですから。アックさんは、まだあの子の言動や動きに慣れていませんか?」

「少しだけなら……」


 ルティは何事にも大げさに騒ぐ娘だと認識しているが、しかしどうにも気になる。


「フフッ。あの子のことを、そこまで心配してくれているのですね?」

「い、いや、まぁ……自分を救ってくれたものですから」

「あの子の部屋は奥です。温泉が部屋の中に湧いていますから、ついでに入られてはいかがでしょうか」

「そうですねぇ。彼女の様子を見た後にでも……んっ? 揺れてる?」

「揺れてますね。ですが、ここは火山の町ですから。しょっちゅうですよ」


 それほど大きくは無さそうだが、地震のようだ。

 ルシナさんにとっては慣れた揺れのようで、特に気にしていない。


 とりあえずお言葉に甘えて、ルティがいるという部屋に向かうことにした。


「駄目ですよ!! それはアックさんの魔石なんですよ? そんな勝手に、あっ――!」

 

 誰かと話をしているようだ。しかし切羽詰まったように見える。


「どうした? ルティ」

「アックさん! 大変なんですよ!! 魔石……じゃなくて、バヴァルさんが~」

「バヴァルが? さっきまでそこにいたのか?」

「そ、それが~いなくなっちゃいまして」


 部屋の中に温泉が湧いていると言っていたが、そこには誰もいない。

 魔石のことを言っていたが、まさか持って行かれたのか。


「とりあえず落ち着いて、ゆっくり話してくれるか?」

「は、はい~あのですね」

「むっ!? また揺れが大きいな」

「ロキュンテは火山の町ですから! 地震は慣れないとですよ~」

「そ、そうか」


 いや、そういえば火山だけは移動して来ていないはず。

 ――ということは、ガチャで移動させた町は時間が経てば戻るのだろうか。


「そ、それよりも大変なんですよ!!」

「何が?」

「バヴァルさんが湯の中に入って、そのまま消えちゃったんです~! 魔石を手にしながらなんですよ!! あの魔石には、アックさんが倒した人間たちが!」

「魔石を持って? 湯の中って、どこかに通じていたりするのか」


 やはりと思ったが、彼女が途中でいなくなったのは魔石が狙いだったか。


「あ、わたしの家も他の家も、全て火口に通じてまして~いつでも灼熱の――」

「な、何っ!? 火口!?」

「わわわわっ!?」

「あっ――」


 慌てて湯の中を見ようと乗り出したが、説明しているルティに勢いよくぶつかってしまった。

 

「ふへぇぇ……アックさん、服を着たままではお部屋から出られませんよ~」

「ご、ごめん。――ん? 特に何の効果も無いな」


 おれはルティの温泉水で回復し、力がついた。しかし温泉に入っても、何も変化は起きていない。


「それはだって、そうですよ。わたしが温泉水を使って強めてるだけなんですから!」

「それって、錬金の?」

「色々混ぜてまして~えへへ」


 屈託のない笑顔に何も言えなくなる。

 それよりも、火口に通じているなら着たままで行くしかない。


「ルティ、おれは泳いで火口に向かう。ルシナさんに話をして来た方が良くないか?」

「ええっ!? 今から火口にですか? すごく熱くなると思いますよ!」

「ここから行く方が近いはずだ」

「あう~あうぅ……母さまには何も言わなくても大丈夫ですけど~い、行きましょう」


 いつものことなのか、ルティ自身もあまり気にしてないようだ。

 地震といい、火口に通じている温泉といい、全てがキナ臭い。


 ◇◇


「それはイスティさまの魔石なの!! 返して!!」

「いいえ、これはわたくしが預かったもの。もうすぐ時間になります。邪魔をせず、ここでご主人様をお待ちなさい」

「う~!」


 湯の中のトンネルを潜り抜け、外に出た。目の前には火山がそびえ立っている。

 どうやら町の移動には、時間切れというものがあるようだ。

 

 恐らくおれたちはロキュンテの町を出ない限り、ロキュンテごと戻される。

 そしてレザンス側には戻れなくなるとみた。


「ぷは~……アックさん、早いですよ~あれれ? あそこにいるのは、バヴァルさんとフィーサじゃないですか?」


 火山を見上げていたので気付かなかったが、確かにフィーサとバヴァルの姿が見える。


「バヴァル・リブレイ! どういうことなのか、説明をしてくれないか?」

「あぁ、時間切れですね。残り少ない余生を使って、責任を果たさなければ……」

「あ、こらっ、どこへ行く~!! イスティさまの魔石!!」


 フィーサが止めようとしている。

 だが子供姿の彼女では、制止すらままならない。


 そう思っていたら、ルティが「逃がしませんよ~!」と言いながら、見事にバヴァルを捕まえていた。彼女によって身動きの取れないバヴァルに、ようやく近づく。


「その魔石をどうするつもりなんだ?」

「アック様。これに封じられた三人のうちの一人。聖女エドラはわたくしの教え子なのです。わたくしにも責任があると考え、魔石を預かったことで更生の機会を頂ければと思います」

「聖女エドラか。魔石をどうするかは自由だが、これは裏切りと言われてもおかしくないぞ。どうするつもりなんだ?」

「あなた様のお力と、ルティシアさん。宝剣と水棲の彼女がいるだけで、何も問題ないでしょう」


 バヴァルは落ち着いた表情で淡々と話している。

 ルティの力で捕まっているのに、逃げられるとでも思っているのだろうか。


 しかし次の瞬間だった。


「あ、あれぇ!? ア、アックさん! お、お婆さんがぁぁぁ!」

 

 バヴァルは着ていた白いローブを脱ぎ捨て、ルティからすり抜けた。

 そして別のローブに着替え直したバヴァルは、一瞬の隙をついてそのまま何処かに消えていた。


 時戻しのローブを渡した時点で、今回のことを企てていたのだろうか。

 魔石を彼女に預けたのはおれの責任でもあるが、聖女を復活させようとしていたとは――。

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