第9話 Sランク冒険者・勇者、破滅への道
この世界に存在する魔王を見たことはなく、倒そうと思いもしない。
僕たちが生きるこの世界は、いたって簡単だ。
勇者というジョブを選び、ダンジョンで適当に遊びを繰り返すだけで名はすぐに広まる。
そうして似たような思いを持った仲間を得られた。
――賢者テミド・ザームもそうだ。
僕と似て持って生まれたスキルを使って、魔物と戯れただけの男に過ぎない。
もっともこいつは……賢者と呼ぶに相応しくない。
せいぜい、蛮勇な雑魚として生きる方がお似合いな奴だ。
聖女エドラは――
「勇者、賢者……どちらが正しくて、賢いだとかそんなのはどうでもいいことですわね。ただ一つ言えることは、好きに行こうとする輩には適当にあしらう方が、利口者であると言えますわね」
これを聞いて、僕の心は決まった。
賢者を名乗り知性を捨てたテミドを、いつかどこかで捨て去ると。
聖女とはいえ、エドラの冷酷な顔は僕の理想に近く、共に動くのに適している。
そんな思いの中で得られたのは、名声だ。
しかし最もいい気分になれたのは、雑魚な冒険者どもの無駄で無用な崇めだった。
世界を狂わす魔王なる者に挑まずとも、世界は常に動く。
混沌となれば面白いし、そうでなくともこの世界の人間たちは勇者という人間を偉大な者として、いつまでもくだらない憧れを抱き続けるだろう。
この世は、魔物さえ倒していればすぐに強くなれる。
Sランクに上がるだけで、手っ取り早く名声を上げられたのもそういうことだ。
「Sランクってのは、何が違うんだ?」
「あぁ、分かりやすく言えば冒険者の間では、総合的な強さは全てランク付けをしているんだ」
「へぇ……ってことは、俺らは最高の冒険者ってわけだ! 他の冒険者は文句の一つも言えねえわけか。面白え!」
――僕のおかげでSランクになれたんだ。
名ばかり賢者のお前ごときに何が分かるというのか。
それはおいおい手を打つとして、ただ一つ気に入らないのは、生まれつきのユニークスキルを持たなかったことだ。この世界のどこかの町に、ジョブを持たない人間たちがいるという。
その人間たちを従わせればこの先、生きていくのに不自由なく過ごせる。
それには聖女エドラと細かく決めて、それからテミドを何とかすれば、きっと上手くいく。
勇者という名声を利用して、まずはそいつの話を探してみるのが一番早いだろうな。
使えるスキルなら使ってやる、そうでなければ名声をさらに上げるやり方でそいつを消す。
――あぁ、楽しみだ。
◇◇
ラクルという町に来た。
周辺には腕試しや資金稼ぎにもってこいのダンジョンが、いくつか点在している。
ここが倉庫の町であるというのも都合がいい。
冒険者と商人にとって、即決即断出来る場所だからだ。
「し、失礼しますっ! アック・イスティです」
僕にとって耳障りな声を張り上げて、彼は扉を開けて来た。
緊張を隠さずにおどおどした態度で入って来る辺り、今までこの部屋に立ち入ることを許されなかった下っ端といったところか。
部屋に入ってからもびくつきを見せているのが、何よりの証拠だ。
強そうな部分は一切見当たらずてんで弱そうだが、ユニークスキルがあるならかまわない。
「――彼がそうかな?」
「はい、その通りでございます。あとはよろしくお願いします」
「あぁ、ありがとう。あなたは代わりの番人を探しておくといい」
まずは自己紹介といこうか。
ユニークスキルのことを既に知っていることは、彼には言わないでおこう。
「さて、アックくん」
「……え?」
「おめでとう! 君は僕たちの仲間となった。つまり冒険者パーティーに加わった、ということを意味する」
「――で、でも倉庫の仕事がまだ!」
あぁ、そうか――。
ついさっきまで倉庫で真面目に仕事をしていたわけだ。
可哀想な男だ――いや、そうではないな。むしろ幸運と思ってもらわなければ。
僕たちのパーティーに入ったからには、思った以上の働きをしてくれるだろうし、そうでなければ意味が無い。
「光栄に思うことね! 本来なら声がかかることもないあなたが、聖女であるわたくしの荷物持ちとなるなんてあり得ないことですもの」
「あぁ、面倒くせぇ……いいか、倉庫番!! おっと、荷物持ちのアックって名前だったかぁ? 今からお前には、賢者であるこの俺の言葉に従ってもらう! 文句は言わせねえぞ?」
エドラとは打ち合わせ通りだ。
テミドの奴は、予想通り……いやそれ以上にアックの敵対心を高めてくれた。
「そして僕が、賢者と聖女のリーダーでもある勇者というわけなんだ」
「ゆ、勇者……!?」
これも予想通りの驚きだ。
その辺の冒険者、それこそ底辺でも耳にしている名前だろう。それにSランク冒険者はそうはなれないものだ。
まして勇者グルート・ベッツ、賢者テミド・ザーム、聖女エドラ・シーフェルといった最強パーティーが一堂に会していればな。
「さて、倉庫番のアック・イスティ。ずっと倉庫番として生きるのは、もったいないと思わないか?」
「……でも仕事が」
「あぁ、悪いが倉庫の仕事はクビにしてもらったんだ。急ですまないが、君には期待しているのでね」
「どうしてそんなことを……」
「君について、興味深い話を他の冒険者から聞いている」
「クスッ……あなたはわたくしたちによって、使われるべきものということにお気づきではなさそうね」
「だから荷物持ちとして仲間に……?」
「聞くまでも無いことだ。冒険者でもないアックが同行出来るとすれば、荷物持ち以外あり得ないだけの話だ! 分かったなら今すぐ支度しろ!! グズめ」
逆らっても無駄と思ったのか、彼はすぐに身支度を始めた。
倉庫をクビになり、そしてガチャスキルが使えないと分かった時には――アック・イスティには、魔物と共に消えてもらう。
それが僕たちSランクパーティーにとって、傷つかない結末であり、最善の道だ。
アックくんには、せいぜい楽しませてもらうとしようか。
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