首無し騎士/黒服部隊迎撃戦

第五話 邂逅-1

 家が燃えていた。


 ほんの松明一本から始まった炎は、しかし丸太造りの我が家と、そこに刻まれた十四年の思い出とをまるごと焼き尽くすには、それだけで充分だった。夜風を吸って増長しきった紅蓮が揺らめく、その手前では、いくつもの黒い人影が、蛞蝓なめくじを思わせる厭らしい所作で蠢いている。


 焼けた材木が小さく爆ぜる乾いた音と、それと対象的な、艶めかしい水音。絶叫とも嬌声ともつかぬ、女たちの甲高い声。男たちの荒い息遣い。あたりに充満した煙たさの中には、かすかに生臭さが嗅ぎ取れる––––村は即席の慰安所と化していた。


 その日の夜、人々が寝静まった頃合いを見計らって、奴らは現れた。村に押し入ってきた「蛮族」共は、手始めに男たちを虐殺し、鍬から包丁に至るまで、武器になりうる全てをこなれた手つきで焚き火にくべる。続いて、屋内で息を潜めていた女子供を無理やり引き摺り出し、彼女らを広場に集めた。

 「暗いとよく見えないから」。ただそれだけの理由で、広場に面した僕の家に火を放つと、抵抗する女たちを力尽くでねじ伏せて、事に及び始めたのだ。


 地面に転がされた父の死体の隣で、母が犯されている。以前は猟師だったらしい屈強な男の突き上げに身をよじり、そのせいで傍らの父を視界に捉える度、彼女は悲痛な叫び声を上げた。馬に蹴飛ばされた子犬のような断末魔だった。


 同年代たちの中でマドンナ的存在だったセリーナの周りには、順番待ちの人だかりが出来ていた。彼女の身に付けた寝巻きのワンピースは所々が切り裂かれ、はだけた胸元からは、年頃にしては大きな乳房が溢れている。

 自分の番を長らく待つあまり焦れてしまった数人は、他人のそれで彼女が乱れる様を見下ろしながら、ついにひとりで扱き始めた。蛮族のくせして律儀に順番を守るなんて、まったく可笑しな話ではないか。



 眼前に広がる凄惨そのものの光景を、そのとき僕は、自分でも驚くほどの冷静さで見つめていた。


 その「地獄」は、しかし僕にとってすれば、「第二の故郷」であるとすら言えた。かれこれ二十八年の人生、その節目に差し掛かる度、この場所に立ち返ったものだ。


––––またしくじったんだ、兄さん。


 こちらも見物客に囲まれた中、同年代の少年に乳房を貪られながら、「彼女」は僕に言った。声は無くとも、彼女は確かにそう言ったのだ。


「撃墜されでもしたら、今度こそ確実に逝けると思ったんだけど」


 何となく照れ臭くなって、僕は頭を掻く。こうして彼女と言葉を交わすのは、一体いつぶりだろう。


––––相変わらずドジなんだから。もういい年になるんでしょう、もっとしっかりしなよ。


「ごめんな、不甲斐ない兄貴で」


 そう謝罪しながらも、口許に浮かぶ笑みを隠しきれずにいた。……幼い頃、昼行灯で失敗してばかりいる僕を、彼女がいつも、こうして戒めてくれていたっけ。家に母親が二人もいるようで、当時はうざったく思ってばかりいたけれど、今となっては、そうした思い出すら懐かしい。


「……だけど、次で終わりにするから。必ず」


 返答はない。彼女はただ、その華奢な肢体をだらしなく弛緩させ、少年が突き上げるその度に身をのたうちながら、底無しの闇をたたえた瞳で、こちらを見つめるばかりである。


 そこに一瞬、以前までの爛々とした輝きが蘇ったように見えて、息を呑んだ。しかしそれは、開ききった瞳孔に朝ぼらけの光が差し込んだだけに過ぎず、僕は深く嘆息する。


 もうじき夜が明ける。しばらくぶりの彼女との邂逅も、話し足りぬままでお開きという訳か。


「そろそろ、行かなきゃ」


 かぶりを振って未練を断ち切り、燃え盛る家と、辱めを受け続ける彼女に背を向ける。


––––そっか。また、寂しくなるな。


「きっと、すぐに帰ってくるよ。それからはずっと傍にいるから。だから……」


 ひとつ、大きく息を吸って、


「行ってきます」


––––行ってらっしゃい。


 他愛もないそのやり取りが、今では酷く愛おしいものに感じる。霞む視界を拭い、意を決すると、昇りゆく朝日へと向かって一歩を踏み出した。

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