第四話 老兵は死なず-2

≪––––繰り返す。こちら、ウィキツベリー航空基地飛行隊。現在、オープンチャンネルにて呼びかけている≫


 苛立ちを隠しきれぬまま、ツイストは続ける。


≪貴君は、我々が作戦コード、ドルフィンダイバーを遂行中の空域に侵入している。所属と目的を明らかにせよ≫


 ……返答はない。羅針儀に表示された三つの光点––––首無し騎士デュラハンのエンブレムを掲げた「空賊」は、その速度を落とすことなく、ハーピー隊を目掛けて一直線に接近しつつあった。


≪死人に口無し、ってか。……クソッ≫


 堪えきれず、ツイストは悪態をつく。普段はあれほど陰謀論を好む彼でさえ、いざ自身がその当事者となると、流石に狼狽している様子だった。


 それは僕とて同様で、「空賊」との相対距離が近づくにつれ高まる鼓動と、それに反し、低下していく体温を自覚する。厭な夢にでもうなされているような気分だった。


 かえってそれが夢であったなら、どれほどに良かったことだろう。双眼鏡に捉えた「空賊」たちは、ツイストが語ったそのままの姿で、しかし明瞭な現実の手触りを帯びて、そこにあった。加えて、地上からの砲撃が止んだ直後に現れた以上、それらが暫定政府に与する存在であることは、火を見るより明らかだった。


 アネンスファリア・パイロットとして八年間を過ごしながら、しかし僕たちは、自らの同業者が敵に回ることなど露ほども考えやしなかった。王府が基幹技術を独占している以上、革命でも起きない限り、アネンスファリア同士の交戦などあり得ないと信じてやまなかった。


 ……否、ただ僕たちが気づけていなかったというだけで、その革命というのは、とうの昔に始まっていたのではなかろうか。怠惰な為政者に愛想を尽かした民衆たちが、タカ派気質の軍人を味方につけて世直しを為す、というのは、人類史においてお決まりの展開ではなかったか。


『お前のその才能は、未来に向けられたものだ。いつか役に立つ時代ときが来る』


 エルダーの言葉が、まさかこのような形で現実になろうとは––––僕は唇を噛み締める。


 当のエルダーはと言えば、平静を保ったまま、しかし心持ち程度の早口で、管制官へと報告を続けていた。


≪……不明騎はそれぞれ、ホーネット、ヴァイパー、トムキャットの三騎構成。ヴァイパーに関しては、呼吸口インテークの形状から見るに、素体に加えて何らかの改修が施されている模様。全ての騎体の下部に、先頭に犬の頭部と思しきものが取り付けられた、円筒状の装備。用途は不明。エンブレムにはデュラハンの意匠が見て取れる。そちらで所属を調べられるか?≫


≪現在、調査中だ。引き続き、不明騎への警告と監視を継続せよ≫


≪……おい、黒服≫


 白々しく宣う管制官に、ツイストは冷たく問いかける。


≪ まさかと思うが、この期に及んで、まだ出し惜しみしちゃあねえよな≫


≪……どういう意味だ≫


≪『空賊』について、てめえらが握ってる情報をまるごと寄越せ、って言ってんだ。連中は何者だ?アネンスファリアなんて軍事機密がより集まって出来たような代物を、どういうわけで運用出来ている?ここ最近続いた墜落事故……ジョーンズの撃墜も、連中の仕業なのか?現場で命をかけている俺たちには、そいつを知る権利がある筈だ≫


≪不明騎の素性については、現在調査中と言ったろう。我々自身、これまで前例のない出来事に、対応を取りかねているのだ≫


 そのように語りながらも、管制官の口調は相変わらず平坦なもので、動揺の色を微塵も感じさせない。


≪要らぬ難癖をつけて、これ以上我々を困らせないでくれたまえ≫


≪なんだと、てめえ……≫


 ≪ツイスト≫すかさず食って掛かろうとする彼を、エルダーがなだめる。


≪連中の正体がなんだろうと、俺たちのやるべきことは同じだ。この修羅場をなんとか切り抜けて、基地まで無事にたどり着く。そして、持ち帰ってきた武勇伝を肴に、とっておきの一本を開ける。それだけの話じゃねえか≫


≪……≫


 ツイストは押し黙った。


 その一方では、彼の後を引き継いだピジョンが、震える声で不明騎への呼びかけを続けていた。


≪繰り返す……騎体を減速させ、所属と目的を明らかに……えっ≫


 彼女が絶句したのは、「空賊」の先頭を飛ぶ一騎––––第四世代型アネンスファリア「トムキャット」が、騎体にあしらった犬の生首のうち、そのひとつを矢庭に「発射」したからであった。


 尾端から白煙を噴出させながら猛然と突進するそれは、鏃に相当する部分の悪趣味なことを除けば、一本の巨大なミサイルのように見えた。その行く先にはどうやら自騎があるらしいと気づいて、エルダーは舌打ちをする。


≪おいおい、まさか生首が飛び道具だなんて思うかよ……!≫


 騎首をもたげ、エルダー騎は急旋回。大矢ミサイルの射線から外れようとする。

 しかしながら、ただ一直線に飛ぶばかりでなく、驚くべきことに空中で方向転換してみせた大矢は、尚もエルダー騎の後を追って加速を続ける。


≪エルダー、軌道を変えて、まだそっちに向かってます!≫


ツイストが声を張り上げる。


≪獲物に追いすがる猟犬みてえだ≫


≪それで犬の生首って訳か。意思を持った飛び道具……厄介なことこの上ねえ≫


 そう吐き捨てると、エルダー騎はフル・スロットル。十分な速度を取ると、騎首を大きく引き上げ、インメルマンターン––––方位を百八十度反転し、依然として直進を続ける大矢のすぐそばを飛び去る。


 エルダー騎を見失い、大矢は続いて、手近なピジョン騎を標的とすることに決めたようだった。


≪え、私!?ど、どうすれば……≫


≪任せろっ!≫


 ツイストは言って、ピジョン騎に迫る大矢の眼前に、騎体を飛び込ませる。彼の目論見通り、大矢はツイスト騎の背後に食らいつき、一方でピジョン騎には目もくれず遠ざかっていく。……どうやら大矢には、自身から最も近い距離にある騎体を標的とし、ただそれだけを追い回す性質があるようだった。


 ツイスト騎は急加速。巨大な円を描いて僕の真正面まで回り込むと––––あろうことか、背後に大矢を引き連れたまま、こちらを目掛けて一直線に突進を始める。


≪ゲイズ、パスだ!≫

 

 はた迷惑な置き土産をその場に残し、ツイスト騎は、全速力で後方へと飛び去っていく。

 大きく距離を引き離され、彼の追跡を諦めた大矢は、その鏃を真っ直ぐ僕の方へと向けた。障害物の接近を知らせるブザーが、コフィンに鳴り響く。


「おい、何を考えて……」


 そう毒づきかけて、しかし途中で口をつぐんだのは、彼の意図に気付いたからであった。


 こうして正対してみると、瑞々しい光沢を留めた双眸、固く閉ざされた口元から、鏃の生首が未だ生きているかのような錯覚を覚える。……否、実際に頭部だけでも生かされているからこそ、あの大矢は知性をもって、敵騎の背後を追いかけるという芸当を為せるのだろう。


 その瞳に見つめ返されたような気がして、僕はほんの一瞬、躊躇いを覚える。どれだけグロテスクな姿に変わり果てているとはいえ、動物を殺めるのはあまり気乗りしないが––––意を決し、機杖の狙いを定めると、引き金を絞る。


 照準の中で鮮血が迸った。コントロールを失った大矢は騎体の脇をかすめ、しばらくの距離を直進すると、あるとき不意に、重力の働きを思い出したかのようにして落下していった。


≪ゲイズ、ナイスショットだ!≫


 ツイストは快哉を叫んだ。


≪……っ≫


 ピジョンが安堵のため息を漏らす一方で、いっときの緊張を解いた僕の胸には、暗澹とした疑念の靄が立ち込める。

 犬の生体を取り入れ、軌道を自律制御する大矢……そうした兵器の存在など、聞いたためしがない。ソーズロンドで試験される新兵器の概要は、噂という形である程度、漏れ聞こえてくるものなのだが。

 かと言って、既存技術の解明すらままならない暫定政府が、独自でこのようなテクノロジーを開発出来るとは思えない。だとすると、「あれ」の出所は、いったい……そうした思案は、装甲の上で何かが弾ける、軽やかな響きに遮られる。


 騎体を翻して後方へと目をやると、やたら仰々しいカラーリングをした空賊の一騎が、機杖の砲口をこちらへと向けていた。各部に取り付けられた装甲板の豹柄は、「ホーネット」の暗号名コードネームを冠するスレンダーな騎体に、あまりにもミスマッチだ。


 さらには、青い迷彩色のヴァイパーに攻撃を受けるエルダー騎の姿を見つけて、空賊の立ち振る舞いに合点がいく。……手近な騎体を無差別に追い回す大矢の特性を利用して、編隊を分散。孤立した一騎ずつを各個撃破、という算段か。


≪管制、こちらハーピー1!不明騎から攻撃を受けている、指示を請う!≫


 ヴァイパーの機杖射撃を往なしながら、エルダーが怒鳴りつける。


≪こちら管制……たった今、確認がとれた。航空騎士団に、デュラハンの部隊章エンブレムを有する部隊は存在しない。不明騎の撃墜を命ずる≫


≪無茶言いやがって、くそったれ。張り合いつったって、ここまでは望んじゃねえぜ!……ピジョン、後ろにつかれてるぞ!≫


 ツイストが吐き捨てるのを聞きながら、ホーネットを振り切るべく騎体を加速させる。相手は新鋭騎に加えて、出所不明の新兵器を装備。一方こちらは、廃棄寸前の旧型に、格闘戦に有用な武装はといえば機杖のみ。さらには爆装のために、機動力も数段落ち込んでいる––––こちらの不利は明白だった。


 エアブレーキを発動、主翼の翼面を前方へと展開し、空気抵抗を全身で受け止める。十分な減速を得ると急旋回、ホーネットにヘッド・オン。二本の大矢を発射するのを確認して、バレルロールに転じる。


 天地が幾度も反転する中、眩む意識を必死に引き留めながら、羅針儀へと目をやる。前方の光点から分裂した二つが自騎を通り過ぎ、後方へと遠ざかっていく。回避に成功した。


 騎体を水平に戻し、ホーネットの騎体下部にマウントされた残り二本の大矢に向け、機杖を掃射。しかし一方の発射を阻止するには間に合わず、僕は咄嗟に回避機動を取る。ほんの短くブザーが鳴った直後、破裂音と共に衝撃が走った。騎体の脇腹辺りで、大矢が炸裂したようだった。


 幸いにも致命傷は免れたが、あれをもろに喰らえばどうなっていたことか––––薄ら寒さを覚えながら、再びホーネットと向かい合う。大矢を全て使い切った今、ホーネットは機杖を用いての近接格闘に転じる他ない。これでひとつ、敵のアドバンテージを潰すことができた。


 ここから先はチキン・レースだ––––衝突防止ブザーをオフにして、僕はスロットルを叩き込む。


 それに呼応するようにして、ホーネットもまた急加速。氷弾を浴びせ合いながら、お互い一気に間合いを詰める。

 キャノピーに被弾し、罅割れが走るが、ここで怯むわけにはいかない。尚も加速を続け、コフィンの鼻先が触れ合おうとしたその瞬間、エアブレーキを発動した。

 

 刹那、風に巻かれたタンポポの種のように、騎体がふわりと浮き上がった。鳩尾を殴られたような感覚に、酸味が喉元へとこみ上げる。

 眼下には、突如頭上に消えた敵騎に止めを刺さんと、騎首を引き上げるホーネットの姿があった。


 このチキン・レースは彼の勝ちだ。自らの命を賭してまで敵を仕留めんとするその勇猛さは、同業者として賞賛に値する。––––しかし現代の戦場は、勇者に必ずしも勝利を約束しない。むしろその蛮勇が、時として命取りにさえなり得るのだ。


 僕は爆装のリリースボタンを押した。直後、鼓膜を破らんばかりの爆発音が響く。


 下から思い切り突き上げるような衝撃に、僕はとうとう、胃の内容物を足元にぶちまける。口元を拭い、赤黒い半固形状のものに塗れたキャノピ―の向こうを覗き込むと、首をなくした翼龍の、きりもみしながら墜ちてゆく様が見えた。

 

 ––––やった。大矢を殺した時に感じた罪悪感が今はなく、ただ闘争本能に起因した感慨に満たされるまま、僕は座席に深く身を預ける。


「……こちらハーピー2」


 止む気配のない耳鳴りの中に、自らの声すらひどく遠くに聞こえる。


「敵騎を撃墜した。各騎、状況を知らせてくれ」


≪……へへ。流石だな、ゲイズ≫


 気丈にそう返答しながらも、しかしツイストの声色には、強い疲労と焦りの念が聞き取れた。


≪こっちは何とか無事だ。しかし敵も只物じゃねえ、俺とピジョンの二騎を相手取って、対等かそれ以上に渡り合ってやがる。……いや、それよりも問題はエルダーだ。あのヴァイパーもどきに、かなり手こずっているようだった。こっちはトムキャットの相手で手一杯だ、援護してやってくれねえか≫


「了解した」


 僕はそう返答して、爆装をひとつ捨てたために軽くなった騎体を駆り、エルダーのもとへ向かう。


 飛び込んできた光景に、目を疑った。あのエルダーが––––ウィキツベリーにおいて模擬空戦の絶対的王者だったエルダーが、今はただ、背後についたヴァイパーを振り切るのに手いっぱいの状況にまで追い込まれていた。


「こちらゲイズ。エルダー、援護する」


≪必要ない……こいつはだ……≫


 エルダーは、何とか絞り出すようにして言った。


「『二人の問題』?何を言って……」


≪構うな、てめえは自分の身の心配をしろ!≫


 エルダー騎は不意に方位を反転、背後のヴァイパーへとヘッド・オン。どうやら彼は、次の一撃で勝負を決するつもりらしい。


≪なあに、心配はいらんさ。老兵は死なず……そうだろう、エリオッ≫


 そこで不意に言葉が途切れたのは、エルダー騎の喉元に、ヴァイパーの放った大矢が直撃したからであった。


 鞭打つようにして騎首をもたげ、エルダー騎は沈黙。主翼をだらりと弛緩させ、重力にまかせて落下を始める。


 そのとき僕は、遠巻きからでも、とうとう老兵が力尽きたことを確信した。……何しろ、彼の収まったコフィンからは、煌々とした炎が噴出していたのだった。


≪エルダー。どうした、エルダー!≫


 けたましいブザーを背にしたツイストの問いかけに、呆然としたまま返答する。


「エルダーが、堕ちた」


≪そんな……。エルダー、聞こえてるか。早く脱出ベイルアウトを……≫


「無駄だ」


 自分でもぞっとするほどに冷たい声で、僕は言った。


「『保険』が発動した。エルダーは……死んだ」

 

 幾ら旧式とは言え、軍事機密を預かる身である以上、僕たちにはそれ相応の「保険」というものが課せられる。


 コフィンの底面、普段は計器類に隠れて見えない中に描かれた魔方陣。搭乗者の生命活動を常時監視し、万一にもそれが途絶えた場合、機密保持のため「保険」は発動する––––魔術によって生じた炎が、騎体の制御系アビオニクスを、搭乗者の遺体もろとも焼き尽くすのだ。


≪……エルダー。頼む、応答してくれ。あんたが死んだら、俺たちは……応えろ、隊長っ≫


 老兵ファントムはただ、項垂れた棺桶コフィンを燃え盛らせながら、物言わず墜ちてゆく。ツイストは悲痛な叫びをあげた。


≪くそっ……≫


≪ハーピー隊、こちら管制≫


 それまで沈黙を保っていた管制官が、明らかに場違いな声で告げた。


≪陸上騎士団特殊作戦群より通達。『パディンリバー市街において、暫定政府幹部の逮捕に成功。貴君らは引き続き、エバークリップス上空の制空権の確保に努めよ』≫

 

 その声色は、無機質であるというだけにとどまらず、どこか冷笑的なきらいすらあった。


 パディンリバーといえば、外縁部でもとりわけ治安の悪い貧民街。エバークリップスからは南に30マイル(訳注:約55キロメートル)ほどの距離があり、当初は空耳を疑ったものの、しかし「エバークリップス」と「パディンリバー」では聞き違いのしようがなかった。


 つまり、僕たちは––––背筋を悪寒が撫でるのを感じる。


≪……つまり俺たちは、まんまとはめられた訳だ≫


 一転、ツイストは怒気を滲ませた。


≪エバークリップスの襲撃自体、空賊の連中をここにおびき寄せるためのブラフだった。実際の標的はパディンリバーにいて、俺たちはてめえらの掌の上で踊らされてたって訳だ。……ふざけやがって!≫

 

 管制官からの返答はない。その代わり、しばらく揉め合うような物音が聞こえた後、聞き慣れた声が耳に飛び込んだ。


≪こちら基地司令。現時刻をもって作戦を終了する。交戦は中止、繰り返す、交戦は中止。各騎、基地へと帰投せよ≫


 後からわかったことだが——このとき基地司令は、彼の独断のもと、黒服の管制官を押し除けてまで撤退命令を下したのだった。


≪遅えよ……≫


 ツイストは呟いた。


≪あんたらがもっと早く決断してれば、エルダーは……!≫


 ≪責めは帰還報告デブリーフィングで聞こう≫ 基地司令は努めて淡々と言った。


≪だからこそ、必ず生きて帰還せよ。これは命令だ≫


≪……了解≫


 決意を固めるように、ツイストは答えた。


≪……やっと繋がった。こちらインキュバス3≫


 コックサッカーが無線に割って入る。


≪突然の撤退命令……いまいち状況が飲み込めん。そっちで一体、何が起きた?≫


≪詳しく説明してやる余裕はねえが、兎も角、不明騎から攻撃を受けている≫


≪おいおい、今度はどいつのホラ話に影響を……≫


≪悪いが、軽口叩いてる場合じゃねえんだ。空域を離脱する、後続隊で援護を頼めるか≫


≪……りょっ、了解した≫


 そのただならぬ声色に気押されたようで、戸惑いがちにコックサッカーは言った。


 ツイストは続けて、どういうわけか押し黙ったままのピジョンへと呼びかける。


≪ピジョン、フル・スロットルで空域から離脱する。その間、敵に背中を晒すことになるが……≫


≪……い、いやぁあ≫


 矢庭に、ピジョンはか細い声を発した。


≪わたし、まだ、死にたく……怖い。助けてよ隊長……助けて……≫


≪どうした、ピジョン!しっかりしろ!≫


 ……まずい。うわ言を呟くピジョンに、本能的にそう直感する。墜落を続けるエルダー騎を感慨深げに眺めるヴァイパーに背を向け、僕は彼女のもとへと騎体を飛ばした。


 ピジョンはもはや水平に飛ぶのもままならない様子で、騎体をふらふらとバンクさせながら、辺りを逃げ惑っている。


 そしてそこに、猛然と襲いかからんとするトムキャットの姿を見つけて、僕は戦慄した。


≪ゲイズ、ピジョンが危ねえ!≫


 ツイストの叫びを聞く前に、僕は騎体を突撃させている。


 ピジョンに向けて、トムキャットは大矢を発射。それを照準に捉え、引き金を引くも、虚しい音が鳴るばかりで氷弾は発射されない。この肝心な時に弾切れか。僕は舌打ちをする。



 ––––そこで不意に、「彼女」の姿が、眼前にちらついた。



 そうだ、これはまるで、あの時と同じではないか。「彼女」を救う術を持ちながら、しかし自らの身を可愛がるあまり、見殺しにしてしまったあの時と。そして誓ったのではなかったか、もう二度と、同じ過ちを繰り返さないと。


 ならば、答えはただ一つ––––ピジョン騎と、その背後に迫る大矢との狭間に、僕は騎体をねじ込んだ。


 耳元で破裂音が響いた。頭に鈍痛が走り、たちまち視界が赤く染まる。何やら必死げなツイストの声も、けたましく喚き散らしているはずの警告音さえ、壁を隔てた向こう側から聞こえるように感じられる。


 高度計の指し示す値が、加速度的な低下を続けている。緊急脱出装置のレバーに手を伸ばしかけて、やめた。……もう、疲れた。これ以上、ウィリアム=ファウラーであることに。


 眼前に、エバークリップスの市街が迫る。あそこから見上げれば、今の僕の姿は、いったいどう映るだろう。


 少しは、あの白い鳥らしく見えるだろうか––––そんなことが気になったのを最後に、僕の意識は途絶えた。

 

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