第三話 辺境の飛行隊-3

 黒服たちがわざわざウィキツベリーまで乗り込んできた理由、暫定政府幹部とやらの素性、ジョーンズの死の真相。疑問は募る一方だが、しかし今回が初出撃のピジョンに要らぬ心配を与えないようにと、半ば暗黙の了解として、僕たちはこの話題を口に出さないようにしていた。そんな最中での、先の彼女の発言であった。


≪……どうせまた、お得意のくだらん謀事だろうさ。俺たち末端パイロットの心配することじゃねえ≫


 いっときの間を置いて、エルダーは言った。ピジョンは納得がいかない様子で、


≪ですが、理由も判然としないまま、民間人も多く住む市街を爆撃する訳には……≫


≪何言ってんだ、それが俺たちの仕事だろうが≫


 呆れ混じりに、エルダーは続ける。


≪俺たち兵隊の仕事ってのはつまり、『脳無しアネンスファリア』になりきることだ。感情も意思も追い出しちまって、すっからかんになった脳みそで、上が殺せと言った相手を殺す。ぶちのめせと言ったらぶちのめす。民間人がどうとか正義がこうとか、後先のむつかしいことを考えるのは、政治屋連中の領分さね≫


≪しかし……≫


 ピジョンは口ごもる。


≪……いえ、何でもありません≫


≪誰もがそう、きっぱり割り切れるもんじゃないってことですよ≫


 押し黙ってしまった彼女に代わり、今度はツイストが口を開いた。


≪俺はやっぱり、誇りをもって飛びたいです。何十倍という倍率を勝ち抜いて、ようやくパイロットになったんだってプライドだけは、どうしても安売りできない≫


≪誇るほど高尚なもんじゃねえよ、この仕事は。……だいいち、国民の三割がたが、きょう一日をなんとか食いつなぐのに精いっぱいの世の中なんだ。プライドなんて目に見えないものを切り売りして、それで三食きっちり食っていけるってのなら、上等じゃねえか≫


≪そうは言ったって……≫


 達観しているとも、ドライであるとも言えるエルダーの言葉を受けて、ツイストは返答に窮する。


≪なんて言うか……ただ食っていくためだけに空を飛ぶって、そんなのロマンの欠片もありませんよ≫


「この仕事にそんなものを追い求めているうちは、お前もまだ半人前ってことさ」


 僕がそう茶々を入れると、エルダーは笑った。


≪なかなかいいこと言うじゃねえか、ゲイズ≫


 一方のツイストはひとつ舌打ちをして、


≪ちぇっ。やっと口を開いたかと思えば、さっそく嫌味こきやがって。……じゃあ聞くけどよ、そういうお前は、何のために航空騎士団うちに入ったんだよ?≫


 唐突な質問に、僕は一瞬、言葉を失う。ツイストとの十年の付き合いの中で、入隊の動機について尋ねられたのは、不思議なことにこの日が初めてだった。


「……成り行きだよ。気が付いてみると、パイロットとしてしか生きていけない身の上になってしまってた」


 努めて感情を押し殺した声で、僕は返答する。


「他に雇ってくれる場所があるのなら、この職場にこだわりはないよ」


≪おいおい、まさか『空賊』に鞍替え、なんて冗談はよしてくれよ≫


 「『空賊』?」僕は首を傾げる。


「そういえば、ブリーフィングのときにもそんなことを言ってたな。何のことだ」


 ≪知らねえのか?≫ツイストは大仰に驚いてみせる。


≪ここ最近、よく聞く話だぜ?外縁部の各地に、飛行隊の亡霊が出没するとか≫


「……またお得意の都市伝説か」


 僕はため息をついた。ツイストは生粋の陰謀論者で、何処からか突拍子もないような与太話を見つけてきては、それを得意顔で語ってしまうタチなのだった。


 なあ、ゲイズ。魔王はもともと、王府の人体実験の失敗から生まれたんだと。知ってるか、レナルド四世はハーピーやら人魚セイレーンやら、魔物を夜伽の相手に侍らせてたんだぜ––––今どき三文小説でもないような陰謀ばかりを語るツイストなもので、今回のもどうせロクな内容じゃないのだろうと、聞く前から僕は辟易とする。


 ≪いや、今回ばかりはマジな話だって≫幾度も聞いたような枕詞を唱えて、ツイストは続ける。


≪上は必死に隠そうとしてるみたいだが、外縁部のあちこちから似たような噂が漏れ聞こえてくるんだ。胴部にいくつも犬の生首をぶら下げて、首無し騎士デュラハンの部隊章を掲げた、奇妙な編隊を見かけたって。それに加えて、最近の墜落事故ラッシュときた≫


 確かに、直近半年間のアネンスファリア墜落事故の件数は、ツイストでなくとも裏を勘繰りたくなるほどに異常なものだった。


≪しかも、公には事故だと発表された僚騎の墜落が、その実『空賊』に撃墜されたものだって証言すらあるじゃねえか。……一説では、志半ばで撃墜されたパイロットと、アネンスファリアにされるため大脳をくり抜かれた翼龍の魂が結びついて、生者に復讐するため飛行隊の幻影として現れてるって話だ≫


 突然、エルダーが吹き出した。


≪デュラハンの部隊章を掲げた幽霊飛行隊だって?まさか!本物の幽霊が、自分のこと幽霊だって名乗るもんかよ≫


≪流石に冗談っすよ。……でも真面目な話、とうとう暫定政府がアネンスファリアの運用を始めたんじゃねえかって、専らの噂で……≫


≪ハーピー3≫


 矢庭に割り込んできたその声に、ツイストの発言は中断される。


≪こちら管制。作戦開始時刻が近づいている、いい加減下らん私語は止めろ≫


≪おいおい盗み聞きかよ、趣味が悪いぜ≫


 ツイストは仰々しい節回しで、


≪そこまでして会話に加わりてえのなら、素直にそう言えばいいじゃねえか≫


≪ハーピー3……否、ボールドウィン少尉≫


 腹立たしげにため息をついて、黒服の管制官は続ける。


≪貴君の一連の立ち振る舞いは、騎士団員としての服務規定から著しく逸脱している。これ以上の違反が認められるようであれば、相応の処分も覚悟しておけ。我々は、貴君の進退を決するだけの権限を有している≫


≪おお、ぞっとしないね。……お前と話してると思い出すよ。構って欲しさのあまりに、好きな女の子を虐めてたガキのことを≫


≪貴様……≫


 二人の口論で騒がしいばかりの無線機を取り外し、僕は座席に深く身を預ける。エンジンの拍動と、騎体の息遣いだけが支配する静けさの中で、ひとり思索を巡らせた。

 

 ツイストが語った、暫定政府によるアネンスファリア運用の可能性––––まさか、あり得ない。アネンスファリアの基幹技術、殊にコフィン回りの制御系アビオニクスは、まさにブラックボックスの宝庫。諸外国の魔術師連中が全力を挙げているにも関わらず、未だ原理の解明に至っていないというものを、暫定政府のような素人集団に使いこなせるという道理が一体どこにあろうか。猿にタイプライターを与えて、いつまで待ってみたところで、意味を持った一続きの文章、ましてや戯曲が打ち出されることなどないのだ。


 では、ツイストの言う「空賊」とは。普段なら耳も貸さないような与太話だが、ここ半年で多発した墜落事故、それにジョーンズの死のことを考えると、確かに陰謀の存在も疑いたくなるが––––。


 ––––否、奇妙な偶然とは、往々にして起こり得るものではないか。内心そう呟いて、自らの疑問にひとりで終止符を打った僕は、腕時計を見遣る。時刻は、あと二分余りで十三時を回ろうとしていた。

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