第三話 辺境の飛行隊-2

 遡ること数時間前。早朝からブリーフィング・ルームへと召集を受けた、ハーピー隊ほか二小隊の惚けた面々は、そこに現れた男たちの、異様な姿に目を剥いた。


 近代型の軍服から階級章の一切を排し、黒一色で染め上げたような服装を見て、同僚たちは例外なく、かの有名な都市伝説を想起させたことだろう。彼らのうちのひとり、リーダー格らしき男が講壇に立つと、いかにも不本意といった様子の基地司令が口を開く。


「諸君、こちらはアラン=スミシー大佐。ソーズロンドの航空騎士団総司令部から、はるばるおいでなさった」


 司令の語った身分が全くの嘘っぱちであることは、誰の目にも明らかだった。総司令部から派遣されてくる上級幹部たちは決まって、階級章やら勲章やらをアクセサリー感覚でじゃらじゃらさせているし、何よりアラン=スミシーなんて名前は、それが偽名であると自ら声高らかに宣言しているようなものだ。


 男は総司令部付の大佐階級なんかじゃあり得ないし、おそらくは航空騎士団に所属すらしていない。そして、それらの虚言に替わる男の真の身の上を、その場にいる多くが知っていた。



 ––––男たちは、「黒服部隊メン・イン・ブラック」と呼ばれていた。


 魔王討伐以降の大陸で暗躍する、レナルド四世の私設部隊。正規軍から独立した陸・海・空軍戦力を有し、諸外国における諜報活動、国内では政治犯の監視・摘発を行う秘密警察。その存在は王府によって隠匿されているものの、軍関係者の間では、公然の秘密も同然だった。


「紹介に預かった、総司令部のスミシー大佐である」


 周囲に好きな相手を知られた子供が、そのことで弄られても尚すまし顔を装っているような慎ましい努力に、同僚たちが笑いを噛み殺す中、自称「スミシー大佐」は続ける。


「本日1300時より、『暫定政府』の支配下にある外縁都市・エバークリップスを奇襲。同市街の奪還及び、『暫定政府』幹部の逮捕を実施する」


 あくまで無機質なスミシーの言葉の中で、しかし「暫定政府」という単語の響きにだけは、隠しきれぬ憎悪が聞きとれる。それを口にする時の表情も、どことなく忌々しげだった。


 魔王討伐以降、王国には「王府」と「暫定政府」の、イデオロギーを異にする二つの統治機構が存在していた。


 アルファベットの"C"を思い浮かべてみてほしい。王国の領土全体をおよそ円であると仮定して、右端からくり抜かれた空洞が王府の領分、残った外縁が暫定政府の領分だ。


 王府が統治を放棄してからというもの、蛮族が群雄割拠していた大陸西岸に、再び法治主義の原則を持ち込んだのが「暫定政府」。「民衆の民衆による民衆のための政治機構」をモットーに掲げる彼らは、軍備拡張にかまけて国内の混乱に目を向けない王府に代わり、文明国家らしい最低限の秩序を外縁部ベゼルに再建した。……しかしその実態は、大陸東部の超大国・「連邦」の工作員が諸外国に産みつけた傀儡のうちのひとつで、「連邦」との冷戦を続けている王府からは、一方的に目の敵とされていた。


 スミシーは続ける。


「かつて、旧都と各地を繋ぐ交易拠点として栄えたエバークリップスは、『桃源郷政策』の施行以降、財政悪化と統治機構の不在による混乱が続いていた。しかし近年になって、旧都から南下した暫定政府がここに台頭。そして昨年、エバークリップスの、暫定政府への加盟が宣言された」


 彼が合図すると、講壇に張られたスクリーンに、バリスタや火砲を牽引した馬車たちの行軍する様子が映し出される。


「ここ数ヶ月、暫定政府はエバークリップスへ、人員・兵器共に大量の軍備を投入している。どうやら連中は、ここを我々王府に対する叛乱の要とするつもりらしい。……その結果として先週には、同市街周辺の偵察任務にあたっていた諸君らの同僚、ジョーンズ少尉の殉職という悲劇までもが起きた」


 室内の雰囲気が、一気に神妙なものとなった。トロール隊三番騎のウェッジ=ジョーンズ少尉は、僕たち同期の中でのムードメーカー的存在で、持ち前の社交性のために、階級の上下を問わず多くの友人があった。


「これは、王国固有の領土に対する明確な侵略行為であり、尚且つ王府、ひいては国王陛下への侮辱行為である。よって、陸上騎士団特殊作戦群と航空騎士団の共同による、市街の奪還作戦が立案された。……作戦を伝える」


 スライドが切り替わり、スクリーンには、エバークリップス一帯の地図が表示される。


「ハーピー隊は先行して、本日1045時より当基地を離陸。捕捉を避けるため、広範に発達した雨雲の上を飛行、1300時、作戦空域到達とともに急降下。防衛陣地を破壊、戦端を開く。これに合わせて、地上部隊が市街に突入。続いて到達したインキュバス隊及びサキュバス隊は、ハーピー隊と共同で、地上部隊の作戦完遂まで航空支援を続行する」


「また現地には、旧都に位置する暫定政府本部から、幹部数人が視察に訪れている。こちらの逮捕も同時並行で行なわれ……」


 それにしても、どうにも思惑の見えない作戦だった。隣に座るツイストも違和感に気付いたようで、僕に耳打ちする。


「……妙な話だぜ」


 「ああ」僕は小さく頷いた。


「ここまで大掛かりな作戦だったら、普段なら内地から精鋭が派遣されてくる筈だ。僕たちなんかを、敢えて主戦力に据える意図がわからない」


 決して、大規模攻勢の先陣を切る重責に怖気付いているという訳ではない。どれだけ困難な作戦であろうと、命令とあらば出撃を拒むつもりはないし、何よりそれを無事にやり遂げられるという自信がある。

 しかし上層部の連中は、僕たちのような僻地の落ちこぼれを、信用なんてしちゃいない。だから連中にとって重要な作戦の場合、お抱えの精鋭部隊を送り込み、現地の飛行隊はその補佐に当てるのが慣例だった。


「……わざわざ仇討ちの機会を作ってくれた、ってのなら話は別だけど」


「有り得ないね、あの仏頂面に限って」


 スミシーの方をちらと一瞥してから、ツイストは続ける。


「そもそも。ジョーンズの一件を聞かされた時から、どうにも胡散臭えと思ってたんだ。ありゃ何か、裏があるに違いねえ」


「裏?どういう意味だ」


 僕は首を傾げた。


「ジョーンズの野郎、偵察任務に出掛ける度、見張りに立ってる暫定政府の連中にアクロバットを披露してたんだ。俺も一度、トロール隊の穴埋めで出撃した時に見たことがあるんだが、器用に宙返りしてみたりバレルロールかましたり……悔しいが認める、なかなか見事なもんだったよ」


 初めて聞く話だった。確かにジョーンズは––––実戦訓練の成績こそ散々だったものの––––、騎体の操縦に関しては右に出る者がいないほどの腕を持っていたと記憶している。それに、敵を相手に曲芸飛行してみせるというお気楽さも、彼らしいといえば彼らしい。


「間近で見たから断言できる。あれだけの速度、あれだけの激しさで動く騎体に、魔術革命以前の払下げ品がせいぜいの対空火器で、まぐれでも当てられる訳がねえ」


 ここ一週間、基地でトロール隊の面々を見かけていないことに気付いた僕は、一見根拠に乏しいツイストの発言に強い説得力を認めた。


 「だとすると誰が、どうやってジョーンズを?」僕が尋ねると、


「そりゃあ単なる整備不良か、それとも噂の『空賊』か……」


 そこまで言って、ツイストは口をつぐむ。いつしかブリーフィングは中断されていて、周囲を見渡してみると、隅の席に固まって腰掛けていた黒服たちが、揃ってこちらに冷ややかな視線を送っていた。


 「諸君らに忠告する」ひとつ咳払いをして、真っ直ぐ正面を見据えたままスミシーは言った。


「このさき順当な出世を望むなら、当分の間、余計なおしゃべりは控えることだ。事前・事後に関わらず、たとえ同僚に対してであろうとも、この部屋とコフィンの外で当作戦の話題を持ち出すことを禁ずる。違反した場合、軍法会議への出廷を命ずることもあるので、留意するように。……私からは以上だ」


 いかにも将校らしい、鼻につく物言いで締めくくると、スミシーは他の黒服たちを引き連れてブリーフィング・ルームを後にする。


「……敬礼!」


 基地司令の合図で立ち上がり、形ばかりの敬礼をした僕たちは、その背中を反感とともに見送ったのだった。

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