【エピローグ】 満月の夜
羽根のように、綿のように、そして小さな花びらのように。
舞い降りる雪は止む気配を見せず、城を、礼拝堂を、尖塔の屋根を、淡い純白が包んでいた。その清かな景色を眺めながら、王子は一人、ふるりと睫毛を振るわせた。
これから生涯、この城で過ごす。
それは王子にとって、少し不思議な心地がした。
たった一人の世継ぎである王子は、もちろん王城を継ぐつもりであったし、国を離れるなど考えもしなかった。けれど今宵、王子は王城を後にした。自らの意思で、自らの選んだ相手と――黒竜と共に。
「王子様! 早く中に入ってください、体が冷えちゃいますよ!」
「わかった、すぐに戻るよ」
サラの呼びかけに微笑んで答えると、王子はバルコニーを後にして、大きな窓をぴたりと閉めた。
◆◆◆
寝室の中は頬が上気するほどに暖められており、まるで春のようだった。さらにサラは厚いカーテンをぴたりと閉めて、外気を完全に遮断した。
「随分念入りにするんだな。寒いのは苦手なのか?」
「僕じゃなくて、ご主人様ですよ。あの人ほら、竜でしょう? 寒いと体が鈍って、眠たくなっちゃうんです」
首を傾げるとサラが「蛇みたいなモンです」と付け加え、ようやく王子は合点が行った。
と、ゆっくりと扉が開き、魔法使いが現れた。既に入浴を済ませ、ゆったりとした寝衣に着替えている。彼がベッドに横たわると、王子もいつものようにベッド脇の椅子に腰掛けた。
「では、おやすみなさいませご主人様、王子様」
「おやすみ、サラ」
ぺこりと頭を下げるとサラは、するすると銀の糸を辿り、天井裏へと姿を消した。それを見送ると王子は改めてベッドの上の魔法使いに向き直り、その痩せた手をそっと握った。
呪われた存在、黒き翼の魔法使い。
初めて彼を見た時、幼い頃から聞いていた通りの彼の姿に、恐れと嫌悪を抱いたものだ。
けれど今は、そのくしゃくしゃの髪が、尖ったあごひげが、こけた頬が、黄色い瞳が、彼の全てが愛しくてたまらない。故郷も、身分も、愛する国民も、全てを手放して選んだ魂の伴侶。王子はその彼の手を両手で包み込むと、そっと細い指に口付けた。
その時、王子は確かに感じた。左胸に自分以外の心臓が存在し、それが切なく高鳴っていることを。
「愛している、オドラデク」
「我輩もだ」
即答したものの魔法使いはすぐに「多分」と言い足した。それでも王子には充分だった。魔法使いの心は、何よりこの胸のいばらが知っている。
「オドラデク……」
囁いてその唇を重ねれば、魔法使いが握り締めたままの手を引いた。誘われるまま王子はベッドの上へなだれ込み、魔法使いに折り重なった。
夢中で何度も口付けを交わし、彼の頭を抱き込めば、そのくしゃくしゃの髪の毛の中、小さな角に気がついた。王子が一度キスを落せば、魔法使いは頬に、額に、柔らかい金髪に、何倍にも返して唇を寄せた。震える指で寝衣を解き、滑らかな肌に指を這わす。ひんやりとした体はやはり人間のものとは異なり、その腹にはへそすらなかった。けれど王子にとってはそれすら愛おしく、幾度口付けても足りなく感じられた。
魔法使いが自らの手のひらに細い息を吹きかけると、まるで蝋燭が吹き消されたかのように、部屋の照明がふわりと落ちた。枕元の小さな灯りだけが、重なる二人を仄かに照らす。
魔法使いは長い指でするすると王子のスカーフを解き、白いシャツをそろりと脱がせた。まだ幼い体が温かな光に照らし出され、王子は羞恥から顔を背けた。そんな彼をあやすように、魔法使いの唇が王子の肩をなぞって降りる。王子の背中をぞくりとしたものが疾り、たまらず王子は瞼を閉じた。
おずおずと魔法使いの下腹部に手を伸ばせば、布越しに硬い感触を感じることが出来た。はやる気持ちから指がもつれる。布が擦れる音までどこか秘密めいている。そうして魔法使いをすっかり裸にしてしまうと王子は、しかし手にした違和感に、恐る恐る視線を落とした。そして目にした信じられないものに、思わず高い声を上げた。
「な……そんな、ええっ!?」
そこには雄雄しい陰茎が二本、並んでそそり立っていた。
『蛇みたいなモンです』
ふいにサラの言葉がよぎる。王子は何度か瞬いたが、目の前の物は変わらなかった。
「どうした、ヒヨワ王子。恐ろしくなったか」
「怖くなんか……!」
強がって王子は屈み込むと、その一本を口に咥え込み、もう一本を右手で握った。慣れないながらも丹念に舌を動かし、唇をすぼめて上下する。と、ただでさえ大きくみなぎっていたものが一層その姿を大きくし、王子はぐっと息を詰まらせた。
「手がおろそかになっておるぞ」
言われて王子は慌てて右手も動かした。強弱をつけて擦り上げると次第にそちらも硬さを増して、やがて王子の白い指を、透明な雫がとろり濡らした。
「今度は口がさぼっておる」
指摘され舌を懸命に動かす。口内に彼から溢れた蜜が流れる。
しかし魔法使いはするりと腰を引くと、王子を柔らかいシーツに押し付けた。
「ヘタクソ王子。見ておれんわ」
言うが早いか魔法使いは王子の細い腰を引き寄せ、その秘部を口に含んだ。
「あっ!」
びくり震えた王子の腰を、逃がすまいと抱き寄せる。王子は必死に身を捩ったが、その腕からは逃げられなかった。
「あ……オドラ……んんっ」
恋しい相手にそんな場所を弄られているというだけでも気が狂いそうなのに、魔法使いは巧みに王子を攻め立てて、王子の身も心も蕩かした。柔らかい舌がぬるりと王子を擦り上げる。小さな鈴口をちろりとくすぐられ、ぞくぞくしたものが全身を震わせる。暖かい口内に閉じ込められ、初めての淫楽に翻弄され、王子は既に、何も考えられなくなっていた。
「ん……んっ!」
唇を噛み締め、びくりびくりと体を震わせると王子は、たまらず魔法使いの口から逃れ、その欲を勢いよく宙へ放った。白く温かいそれは王子の腹を汚し、つつと流れてシーツに染みた。
「……オドラデク……」
荒い息の切れ間に恋人の名を呼んでみる。が、魔法使いはそれに答えず、そればかりか王子の膝を抱え上げ、更なる奥へと舌を伸ばした。
「や、嫌だオドラデク! そんな所……っ!」
「しかしこの爪では傷をつけてしまう。舌を使う以外にあるまい」
言うが早いか魔法使いは、王子の孔を舐め上げた。
「っ!」
悲鳴にも似た声無き声が王子の唇から発せられる。ぴちゃり、ぴちゃり、淫猥な音を響かせながら、少しずつそこがほぐされる。温かい舌が自分でも触れたことのない奥へと侵入し、くすぐるように蠢いている。快楽よりも羞恥が勝り、王子は涙の浮かんだ瞳を震わせながら、さも悔しげに不平を洩らした。
「こんな……はずじゃなかったんだ。僕が、お前を……」
「100年早いわ、ウヌボレ王子。貴様が、この我輩を満足させられるとでも?」
差し込まれた舌の動きに王子の腰がぴくんと反り、魔法使いはくっくっと意地の悪い笑い声を立てた。
「そう、それでいい。貴様の躯は、我輩のものだ」
柔らかい舌が王子から離れ、代わりに硬く屹立したものがあてがわれる。
「我輩だけを感じていればいい……」
王子の中に、魔法使いのうち一本が穿たれた。その痛みに王子は息を飲み、魔法使いに縋り付いた。身体を密着させると魔法使いのもう一本が、王子のものと擦りあった。王子の最も敏感な部分に熱い塊が擦り付けられ、呼吸が止まりそうになって王子は、助けを求めるようにただただ魔法使いに抱きついた。
魔法使いの名を呼べば、それに答えるように口付けられた。揺さぶられるたび、そこは熱を増していく。王子のみならず、魔法使いも更に硬さを増していく。それに伴って王子を擦る刺激も増していくのだから、うねるようにこみ上げる快楽に気が狂いそうになる。
一方、王子に穿たれたモノもどくんどくんと脈打ちつつ、王子の中で質量を増している。自身を侵略されているという喩えようのない恥ずかしさと、引きつるような痛みと圧迫する苦しさ、それ以上に溢れる多幸感。じゅぷじゅぷといやらしい音を立てているのが自分の躰だなんて信じたくない。けれど打ち付けられる衝動に、有り得ないくらい感じ、乱れているのは間違いない。自分の奥部で存在感を増し続ける彼の昂りに、興奮しているのは確かに自分だ。
「っ、ひうっ、オド……!」
掠れた悲鳴を上げたと同時に、体の奥がドクン!と大きく脈打った。激しく注がれる熱い飛沫が響くように、魔法使いからほとばしる毎に王子の躰もびくびく震える。
どろりとしたものが腿を伝う。意識も恥じらいも飲み込まれていく。
ぐったりと横たわる王子を、魔法使いが抱き寄せる。王子の震える中心に、ひんやりとした長い指が絡み付く。まだ、夜は始まったばかり。魔法使いの舌が汗ばむ王子のうなじをなぞる。
やがて意識を手放した王子が最後に記憶していたのは、愛しげに自分の名を呼ぶ、魔法使いの声だった。
◆◆◆
長い長い夜が明け、朝日が雪景色を輝かせる頃、ようやく王子は開放された。
王子は重たい身体をなんとか起こすと、すやすやと眠る魔法使いの、その肩に毛布をかけた。
「…………」
そっと指を伸ばし、魔法使いの頬をなぞる。そのまま指先で鼻の頭をくすぐると、魔法使いの鼻の付け根にくしゃくしゃと皺が寄り、その様子に王子は思わず、くすりと笑みをこぼした。
とくん。とくん。
一人分の胸の中で重なり合う、穏やかな二人分の鼓動。
「オドラデク。僕の伴侶」
王子は魔法使いの額に口付けると、彼の腕の内、柔らかい毛布の中へともぐり込んだ。
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