第21話 斬首

「王子様、王子様。気が付きましたか?」


 泣き出しそうなサラの声に、王子はようやく瞼を上げた。サラはほうっと息をつくと、四本の小さな腕で王子の鼻にしがみついた。


「良かった! 目を覚ましてくれた! 僕一人でどうしようって思ってたんです!」


 王子は何度か瞬きすると、淡く靄のかかった頭で、けれどなんとか辺りを見た。

 深い蒼の天蓋に金の刺繍、伝説の船を描いた木彫りの柱。尋ねるまでも無い、懐かしいこの部屋は、王城の王子の寝室だ。


「僕は……」

「王子様、あの時、気を失って。それから王都から兵隊達がやってきて、王子様とご主人様を王城まで連れて来たんです」


 そこで王子は覚醒した。


「オドラデク!」


 王子はがばりと起き上がると、ベッドから飛び降りた。そうして天蓋を払いのけ飛び出そうとして、その前にいた人物にぶつかりそうになった。


「っ!」

「お目覚めですか、ロイス王子」

「ナーランジュ王子……」


 ナーランジュ王子は既に鎧を脱ぎ、軽装に着替えていたが、頬に負った火傷や腕に巻かれた包帯が、あの戦いがつい先程の現実であることを物語っていた。ロイス王子は震える瞳でナーランジュ王子を見上げると、強い口調で彼に尋ねた。


「ナーランジュ王子、オドラデクは。魔法使いはどうしたのです?」

「広場ですよ、王子様」


 ナーランジュ王子が答えるより早く、サラがロイスの金髪を引っ張る。ロイスはテラスに飛び出すと、王城の前に広がる広場へと目を凝らした。沢山の群集、ものものしい軍隊。そして、その中央には。


「ああ……!」


 ロイス王子はがくがくと震えると、二本の足では自らを支えきれずに、崩れるように手すりに寄り掛かった。

 灰色の石畳が敷き詰められた広場には大きな木枠が設けられ、そこにはあの哀れな竜が、太い鎖によって幾重にも拘束されていたのだ。


「助けなくては。彼を、すぐに解放して……!」


 しかし駆け出そうとしたロイスの小さな肩を、ナーランジュ王子が包み込むように押し留めた。


「なんといたわしい、ロイス王子。しかしご安心ください、じき魔法使いの処刑が始まります」

「なん……?」


 言葉が続かなかった。視界が明滅し、全身の血が音を立てて引いていく。しかしここで再び気を失っているわけにはいかない。ロイスは二、三度頭を振ると、ナーランジュ王子の腕から逃れようと強い力で押し返した。


「離してくださいナーランジュ王子。早く行かなければ! オドラデクを殺すなんて、そんな事は決してさせない!」


 夕暮れの空に高らかにラッパが鳴り渡る。民衆のざわめきがより大きくなる。振り向けば広場では、鼓笛隊の並ぶ大通りの真ん中を通って、兵士達が入場するところだった。手にしているのは大きな斧。それは、間違いなく処刑用の凶刃だった。


 ロイスは気も狂わんばかりに駆け出すと、テラスをよぎり寝室を抜け、赤い廊下に飛び出した。が、その腕をナーランジュ王子が掴んで留める。


「離してくれ! もし間に合わなかったら、オドラデクに何かあったら、僕は貴方を許さない!」

「ロイス王子、どうか落ち着いて! それは『いばらの魔法』、決してあなたの本心ではない!」

「愛してるんだ、これが魔法だって構わない! オドラデク、オドラデク!」


 ナーランジュ王子を振りほどこうと必死にもがくロイスの肩の上で、サラまでもが悲痛な声で叫びだす。


「王子様、止めさせて! ご主人様が殺されちゃう!」

「黙れ、小悪魔!」


 一喝するとナーランジュ王子は、一転、優しい声に変わって、ロイス王子をなだめすかした。


「もう少し、もう少しだけの辛抱ですロイス王子。奴の命を絶てば、貴方にかけられた忌まわしい魔法も解けるというもの」

「そんな! だっていばらの魔法なんてホントは、」


 サラの言葉にロイスがその肩を見やれば、そこに小さな少年の姿はなく、ただ一匹の灰色の蜘蛛が、かさかさ蠢くだけだった。


「! 魔法が……」


 言いかけたロイスの言葉を、大歓声がかき消した。広場から響く民衆の声。竜が、その首を落されたのだ。

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