第14話 再会 5
「龍よ。最強の所以、ここで示せ!」
魔力の矢が、空を覆い、落ちてくる。臓腑を揺るがし、鼓膜を破らんとするような音が鳴り響き、龍鱗の盾と矢の雨が視界を埋め尽くす。ロルフはナギサに覆いかぶさるようにしながら大剣を構えて余波と飛んでくるやもしれぬ欠片に備えているようだ。
「意外と耐えますのねえ!」
シルヴェンヌが今度は直接狙うように弓を構えて矢を放った。翼も同時に羽ばたき、白い羽が弾丸のように飛んでいく。ちらりと隙間から見えた
バギン、という音がなり、三秒後に轟音と共に矢の雨が止んだ。
「惜しい惜しい。流石に焦ったけど、あんたじゃあ二発が限度でしょ? じゃなけれ仲間が散っているのを見ながらあの場から離れないでしょ。憎き軍をもっと攻撃できたでしょ?」
ヘインエリヤルが各々の獲物を持って動き出す。
「セス様ぁ!」
目を大きく開いたまま、シルヴェンヌがセスを呼んだ。
「貴方様の全てを、わたくしに預けてくださいませ」
セスは奥歯を噛み締めて、糸をシルヴェンヌに伸ばした。
受け取ったシルヴェンヌは左の小指に糸を結び付けて、もう一度矢を引く。
「やってみなさい」
魔法使いが龍鱗を修復しながら、ヘインエリヤルを引かせた。
龍鱗の透明度が落ち、よりしっかりとした盾が形成される。魔法使いは何かを飲んで、瓶を投げ捨てた。
「私の盾は、竜王のそれよりも硬い。あんたごときに破れるわけがないでしょ」
「第三射ぁ」
第二射と同じような攻撃が放たれた。
ゴンゴゴンゴンゴゴゴン、と大瀑布を上回るような音を轟かせた。地面が揺れ、視界が混ぜ返される。
そして嫌な音が響き、龍の盾が砕けた。
地面の揺れが激しくなり、土塊が宙を舞い、ヘインエリヤルの格となっていた鎧の物と思われる金属片がセスを飛び越え背後に落ちた。ロルフも大太刀を振るって倒れたままのナギサを守っている。
土煙をもねじ伏せ、街道を使用不能にしてシルヴェンヌの第三射が終わった。
大きな盾の影が、やがてはっきりと見え始める。
「イージスの盾か」
深く穿たれた地面の先で、戦士がイージスの盾を構えて魔法使いを守っていた。
「ご名答」
戦士が口を引き締めて、盾のサイズを小さくした。
降りぬまま、シルヴェンヌが矢を番える。
「その盾を貫けば、私たちの愛を妨げる物は何もない。この世界で、最も崇高なものは、私とセス様の愛!」
セスの視界がぼやけた。一瞬視界が回転するが、何とか持ちこたえアダマスを沼にしまう。
(随分と魔力を持って行くの)
セスはシルヴェンヌを見た。目はギラギラと獲物を見据え、魔力は矢に集中している。
「お散りあそばせ」
軌跡を残すように矢が放たれた。いや、最早矢ではなく光弾、光線である。
先の三射のような持続性は無く、激突と共に魔力が吹き荒れた。セスは思わず片膝をつき、左手を前に出しながら着弾点を見守る。ロルフは勢いによってナギサの足元まで下がり、ナギサにかけていた布は飛んでいった。
風が止み、息苦しいほどの魔力の奔流も消える。同時にイージスの盾もその原型を消しており、戦士の鎧がひしゃげて裂かれて砕かれて、濃紺の鎧に朱い紋様と肌色のコントラストが現れていた。
「魔王の攻撃も防いだイージスの盾だぞ……」
戦士の手からイージスの盾が砕け落ちた。魔法使いが羽を宙に投げる。淡い魔力。
わかりつつも、セスの手からはあと一本しか糸が上がらない。
「奥義、解放」
中性的な声が響き、雷光が魔法使いの胸を突いた。
戦士が振り返る。ロルフが大振りで大剣を振り下ろし、斥力でその場から引きはがした。ぼこぼこの地面に足を取られて、戦士が魔法使いの援護には間に合うことはないだろう。
「殿下、遅くなりましたが、母の爪は確かに取り返しました」
妖狐の物ではなく、雷獣の二本の尻尾を生やしたナギサが、同種の爪で魔法使いに使われていた爪を持ち、セスの方へと投げた。
「この死にぞこないの小娘が……」
「カルロス! 覚悟を決めな!」
魔法陣から隕石のような物が顔を見せ始めた。
セスがシルヴェンヌを見上げる。完全開放は既に解けており、魔法陣を睨んでいたが、視線に気が付いたのかセスの方に顔を向け、にっこりと笑った。
魔力がシルヴェンヌに流れ出す。
「解放、変化」
「メt」
魔法使いよりも先にナギサが妖狐に変化した。爪を肩に押し付け、頭を口に入れることで言葉を潰し、首に牙で穴をあける。そのまま首を乱雑に動かして噛み千切った。血が体毛を濡らし、頭が無くなったことを認識できていない体が杖を振り下ろす。ナギサの足に当たり、杖が地面に落ちた。ナギサが口から首を吐き捨てる。魔法使いの首は口を開けて愉しそうに目じりを下げているが、髪の毛は血と唾液でべっとりと顔に貼り付いていた。
「首に穴だったら、千切っては駄目だったな」
ナギサが人間態に戻る。
シルヴェンヌが矢を放った。発動しかけたメテオを壊すも、傾いた甕(かめ)から零れる水は止まらないように、まだいくつかの石が垂れてくる。
「雷よ」
雷鳴が走り、残りを壊し切った。
がしゃん、と音がして元から見ていたロルフ以外の三人が
「まさかここまで追いつめられるとはな。久々だよ」
「むしろチェックメイト的な感じじゃないかな」
ロルフが剣先を突きつけた。
「チェックメイトではないけど、大赤字だな。ヘクセは折角の武器の多くを奪われ、俺は切り札のはずのイージスの盾をまるでそこらで売っている盾のように壊されて。ま、魔王を殺した英雄として祭り上げられて、どっかで油断があったんだろ。いい勉強になった」
「ここから、三人の死体を拾って帰れるとでも思っているのか?」
ナギサも剣先を戦士に向ける。
「もちろん」
戦士が剣を持ち上げた。ロルフが腰を落とし、ナギサが刀を両手で持って、腕を引いた。
戦士が口角を持ち上げ、笑う。
ナギサとロルフが間合いを詰めた。戦士の剣先が、戦士自身に向く。
「何を」
顔を訝しめたナギサが足を緩め、ロルフがナギサを抜かした。
「じゃ、またいつか」
戦士が胸に剣を突き立てた。頬が膨らみ、血を噴き出した。
ロルフが急停止して、右手を刃の近くに、左手を柄の端にして体の後ろに大剣を引く。
「生贄で何か呼び寄せる気か?」
狐耳と二本の尻尾を生やしたナギサが目を細かく左右に動かして気配を探る。
しかし、何かが出てくることはなく、
「はあ?」
ロルフが素っ頓狂な声を上げる。
棺桶の下に魔法陣が現れ、発光した。陽炎のように、棺桶が揺らめき消える。
「ちょ、何だこれ。何をした?」
ロルフが大剣を持ってぐるぐると周りを見回し、足を止めない。
勇者の死体の元に残されていた金貨に近づき、拾い上げながらナギサが口を開く。
「鼓動と言う意味では全員止まっていた。全員死んでいたと言っていいだろう」
「じゃあ何で! まだ近くに誰かいんのか?」
「居るが……敵じゃない」
ナギサが言って、立ち上がる。セスの方へと向かって歩き出した。
「あれは転移の魔法か?」
セスがナギサに聞く。
「おそらくですが、おっしゃる通りかと。行先は魔王城の見張りとして築かれたと言われている都市イシオン。その中心部、教会付近とまでは絞れましたが、魔法陣が消えたためこれ以上は追えませんでした。申し訳ありません」
「いや、よくやった」
ナギサが刀をしまう。手を一度横に振って、セスの前で片膝をついて頭を下げた。
「近くに居る者とは?」
ロルフが警戒しながらゆるゆるとセスに近づいてくる。
「翼人族かと」
ナギサが言った瞬間、セスの上にかかっていた影が揺れた。
シルヴェンヌが落ちてくる。
「シル!」
手を広げて、セスが慌てて受け止めた。ぐだりと手を投げ出し、首にも力が入っていない。
それに、非常に体が冷えている。
「失礼いたします」
ナギサが手を伸ばしてシルヴェンヌの首に触れた。薄く魔力が流れこみ、手を放す。
「怪我は重いものはありません。魔力の使い過ぎが原因だと思われます。ゆっくり休めば大丈夫でしょう」
「そうか」
返事をして、やっとセスは自分の心臓が大きく音を鳴らしていることを自覚できた。
気を配っているためか、ロルフが距離を開けたまま口を開く。
「ゆっくり休むと言ってもどこでさ。殿下は魔力欠乏、俺は魔力はあるが体はボロボロ、クノヘはどっちもか? ま、俺は一応殿下のおかげで戦えるけど、街道横の洞穴で様子をずっと見ているわけにはいかないでしょ」
がさりがさり、と脇から音が聞こえ、セスがシルヴェンヌをさらに抱きよせた。ナギサがセスと音源の間に入り、ロルフが音源を睨む。
出てきた男は、翼人族の証である翼を出して、片膝をついて横から体が見えなくなるように翼を持って行き、手よりやや前に翼の先をつけた。翼人族の礼である。
「殿下。私はアステ・フェガロフォトと申します。姫様の護衛として旅をしておきながら、身を潜めていたこと、平にお詫び申し上げます」
良く通る声でアステ・フェガロフォトと名乗った男性が言った。
「良い。シルの命令があったのだろう?」
フェガロフォトが小さく頭を下げた。
「してフェガロフォト。今出てきたということは、隠れる場所があるということか?」
「は。簡易的なものではありますが、休息場所を設けさせていただきました。ご案内いたします」
セスはナギサを見た。
ナギサが頷き、怪しいものはないと無言で伝えてくる。
「案内を頼む」
ナギサ、セスの順で進み、ロルフは最後まで街道を睨んで、森に入っていった。
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