第12話 再会 3

「ナギサ!」


セスが踏み出したタイミングで「大地よ」の声と同時に地面で出来た手がロルフに伸びる。糸で土塊を弾くが、足が止まったのを勇者エイキムがついてきた。


「あらあら。せめて死体を利用されないようにっていう意地かしら?」

 

 魔法使ヘクセいが嘲笑する。

 勇者の攻撃をスヴェルで弾き、右足を引くと戦士カルロスの斬撃が地面を削る。そして、また勇者。甲高い音共に、今度は僧侶イルザによる「風の精霊よ」の声に対応して魔力球をぶつけなくてはいけなくなる。鎧の近づく音。


「邪魔を、するな」


 セスは沼から三体のガーゴイルと二体の竜人、一体の怪鳥を取り出したが僧侶によってただの肉塊に変えられる。右から低い体勢の勇者。左は上段に剣を構えた戦士。


「復活! ってか」


 ロルフが筒から魔力塊を発射した。戦士に直撃し、距離が開く。勇者の攻撃だけなら十分にスヴェルで受け止められた。


「聖剣よ!」


 セスは魔力の爆発に一歩引かされ、ロルフは顔を顰めて地べたに転がった。

 勇者が体勢を整えるためか間合いを取る。


「でん……か……」


 口から血を垂らしながら、ナギサがセスの近くまで退いてきた。魔法使いの追撃を糸で対応し、戦士はロルフが寝そべった状態で斥力を放って距離をとらせた。


「やっと……とりかえしました……」


 ナギサがセスの足元に、殺生石の欠片を投げた。


「ひゃく……はち……。きっちりと……。……あとは……ははの……爪を……とりかえしてきます……。もうしょうしょう……おまちください……」


 ふらり、とナギサが立ち上がり、よろめく体で魔法使いに刀を向けた。


「……焦らず、しっかりと果たすがよい」


 セスは下唇を噛み締めた。

(止めれば、ナギサに悔いが残ろう)

 口から体から、血を流しながらナギサが口を開いた。


「……かならずや……」


 一歩踏み出し、刀を杖のように地面に着けた。ずるりとナギサの体が滑り落ちる。柄に両手を押し付け、刀の峰に胸を、やがて頬を押し付けるように下がっていき、地面に倒れこんだ。


「首はご自由にどうぞ」


 魔法使いが冷たく言った。戦士が動き、ロルフが跳ねる。


「させないよ」


 ロルフはそのまま蹴りを戦士の頭に放ったが、剣に受け止められ逆に弾かれた。着地の折に剣が刺さった場所を抑えて顔を歪める。脂汗が額に浮かんでいた。


「あちゃー。カッコつけたはいいけど、つかなかったね」


 それでもロルフは口角を上げた。


「スヴェル。すまぬ。我の荒い使い方を許してくれ」


 セスはスヴェルに無理矢理魔力を流して、地面に思いっきり突き刺した。

 冷気が駆け抜け、遅れて氷が大地を覆う。


「太陽よ。陽の恵みよ!」

「炎よ、氷を溶かせ」


 僧侶の声と魔法使いの声に応じて、魔力が変わり始めた。

 ただ、氷を溶かし切るには時間がかかる。それが十秒か二十秒か。はたまた五秒もないのかはセスにはわからない。それゆえ、スヴェルもそのままにナギサに向かって駆けた。すぐに抱え上げ、糸で傷口を軽く塞ぎ、治癒を開始する。ロルフの治療も続け、ナギサの治療カ所を探してから同じことをする。死体を操ることよりも生者の肉体をどうこうしようとする方が圧倒的に繊細で頭の使う作業だということは魔力を使う者であればだれだってわかることだ。


(我が向こう側だったらどうするか)


 ロルフは脂汗をかきながらも戦士カルロスを睨んでいる。魔法使ヘクセいは余裕の表情でロルフを飛び越えてセスを見ているようだ。勇者エイキムは生真面目なのか、ロルフの警戒も怠ってはいない。僧侶イルザは加護をかけなおしながらパーティーの態勢を整えようとしている。


(ナギサの回復には時間がかかるの。ロルフは動きが激しそうじゃ。ならば、寄せては返しながらロルフを疲弊させて、我の治療時間を伸ばしつつ隙を伺うか)


 ナギサをゆっくりと横たえさせて、羽織っていた風よけの衣をナギサの上にかけた。小さく早く、布が上下する。色も、瞬く間に朱が広がり、勇者一行には力を、セスには焦りを、ロルフには覚悟を植え付けた。

 セスはスヴェルを引き抜き、沼に返す。代わりにアダマスを取り上げた。

 二度三度と何でも切断できる大鎌を振り回して様子を確認する。


「ねえ、一つ質問があるんだけど」


 魔法使いが口を開いた。

 ロルフが立ち上がり、腹を抑えながらもナギサの傍に行き、魔法使いに備えている。


「殺生石、あんたを殺せば取り返せるって認識でいいのよね?」

「やればわかる」


 表情を変えずにアダマスを右手に持ち替えた。


「ま、当然だな」


 戦士が小さく言って踏み込んだ。


「魔法使いに備えておけ」


 動こうとしたロルフに注意して、アダマスを振るう。

 その切れ味を警戒してか、戦士が剣を合わせずに頭を下げた。魔法使いが火球を放つ。ロルフが打ち消す。勇者は柱というほどではないが、小さな光を聖剣から放ってセスをけん制する。勇者はもちろん、近接戦闘をやりあっていた上に大技を使った魔法使いにも、鎧を着て動き続けている戦士にも疲れや動きの鈍りはない。むしろ、体のキレが増しているようだ。


(僧侶か)


 見据える。彼女は手を組んだり杖を振ったりと加護を与えているのは確実で、そして他の三人の疲労を軽減しているためか余計な攻撃行動はしなくなった。

 それでも、勇者のアダマスの範囲外だがすぐに一対一になれる距離での攻撃と、戦士の一撃離脱、そして魔法使いの遠距離援護だけでセスは防戦一方になっている。


「殿下」

「ならぬ。人質を取られることは避けねば、負けるぞ」


 ロルフの参戦要求を含んだ呼びかけを両断して、鎌を振るった。簡単に躱される。当たれば傷をつけられるだろうが、セスは大鎌を扱う練習なんぞほとんどしたことがないため、見切られている。

 バタルの鎌捌きを見ているなら、それもあたり前なのだが。


(バタルは、アダマス以外もたくさんもっていたな。コレクターとでも言うべきあの収蔵物もやはり、人間に奪われてしまったのだろうか)


 戦士が踏み込み、セスが振るおうとすると合わせることなく退く。勇者から小さな魔法が跳んできて対処すると魔法使いの攻撃と戦士の攻撃のタイミングが近くなり、無視して受け続けるとダメージが溜まる。それに加えて異常に息が上がる。おそらく、僧侶がなんらかのデバフを使っているのだろうとセスは睨んではいるが、確証はない。


 セスはナギサを見た。呼吸は大分落ち着いてきたようだが、体に動きはほとんどない。


「殿下。二十秒なら稼げます」


 ロルフが真剣な目と共に訴えてきた。


「ナギサと同じことを言うな」


 鎌の端を持ち、大きく振るった。戦士は無茶をせずに退き、勇者はギリギリのところに立って魔法を撃ってくる。右ひじに当たり、アダマスが跳ねるが糸で無理矢理縛り付けた。魔力球で戦士をけん制する。


「殿下!」

「我の中でのそなたの価値は、そなたが思っているよりずっと高いわ」


 冷たく言い捨てて、セスは鎌を構えなおした。

 劣勢は明らか。戦士に功名欲とかがあればまだ良かったものの、無理をしない堅実派。さらに言えば放っておいても立ち枯れるのが見えているから、あとは相手の動きが変わった時にどうするか。数多の魔族と戦っている経験から、セスが思いつくよりもそのストックは多いだろう。

 左手で口元を拭う。戦士が剣を振り下ろしてきた。鎌の柄で受け止める。


「この力は、僧侶の加護か? それともお主の自力か?」


 余裕のある声を出しつつも、態勢はセスの劣勢である。

 魔法使いが杖を構えた。ロルフが立ち上がる。されど、魔法使いは攻撃することなく焦点をロルフのさらに後ろにやったようだった。セスの耳にも蹄の音と台車が揺れる音が聞こえてきた。

戦士が明らかに右側に偏った力をいれてきた。乗るのは癪だが、右手を引きながら左を軸に回転してから戦士と距離を取る。すぐ近くにはナギサとロルフ。


「イルザ、馬車を止めてきて」


 戦士が間に入ったことで勇者も下がり、僧侶が馬車に近づいた。御者の顔は青白いが、僧侶の指示に従ったようにすぐに馬車を止めて降りてきた。


「怪しさしかないですよね、あれ」


 ロルフが言った。

 セスも完全に同意だ。


「人間の軍のお偉いさんが箔をつけるために降りてきたりして」

「ありうるな」


 と言っても、死霊傀儡は僧侶に封じられ、どちらかはナギサを抱える必要がある。

(傀儡はあと二体。どちらもボロボロの者を狩って金を稼いでいる農民だの。戦力にはならぬ)

 壁として何秒持つか。

 だが、御者と僧侶は荷台の方へと歩いて行った。


「武器か?」

「今やる必要はなかろう」


 魔法使いの火球に魔力球をぶつける。一歩魔法使いの方に踏み出すと、戦士がすかさず近づいてきた。足を戻してアダマスを振るう。

 視界の奥で御者が荷台に被せている布に手をかけた。

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