第11話 再会 2
「どうも」
「礼を言われる筋合いはない。作戦的に、そっちがいいと思っただけだ」
ぶっきらぼうに返す戦士に、
「ヘクセさんもカルロスさんも、何をやってるんですか!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。どうせあの四肢をずたずたにしてやった巨大な狐よりは弱いんだから。ま、不安なら支援よろしく」
手をひらひらさせながら
「エイキムさんからも何か言ってくださいよ」
僧侶が戦闘中にもかかわらず、
ぴくり、とロルフが反応するも、後ろの
「僕としても、できればヘクセは後方からの攻撃に徹してほしいんだけど」
「心配しないでって。どうせ、またすぐにコンコン情けなく鳴かせるからさ。いや、それとも母親の方のように、泣いてんだか鳴いてんだかわからないのかな?」
「ナギサ、乗るな」
無駄だろうと思いつつも、セスは声を掛けた。
「だってさ。優しい飼い主だねえ。それとも愛玩動物に過ぎないから、前衛のできない魔法使いにも勝てないと思われてるのかな? あるいは、また咥えられて飛行したいとか。やっぱ私達には理解できないよな変態的な性癖でもあるの?」
ナギサの口が真一文字に結ばれている。
「まあ、安心してよ。あんたのその主君を思う気持ち、死んでからもきっちりと果たさせてあげるからさ。むしろ止めをあんたにさせてあげようか?」
「ナギサ」
セスが低い声を出す。
それを見て、嘲笑するように
「というか、いつの間にか名前で呼んでる? もしかして、そういう仲だった? あんたみたいな獣臭い子を抱くなんて、随分とモノ好きも居たものね。魔王の息子って、感覚がおかしいのかしら? 仇討より逃げ回るくらいだし、普通の神経していないのは確実よね」
「ナギサ」
「死体を操るくらいだからネクロフィリアだったりして」
「キサマ!」
ナギサが弾かれるように飛び出し、魔法使いに一太刀振るう。魔法使いは素早い動きで杖を軌道に挟み込み、口元をさらに歪ませる。
「そうなったら、ますます寵愛していただけるんじゃない? 協力しちゃうよ。ま、死体に興奮する男もすぐに同じところに送ってあげるけどさ」
「その口を閉じろ!」
雷が走るも、魔法使いを避けるように地面に当たる。
「やだなあ。私はお似合いだって言ってあげてるのに。理解できないけど、死体愛好家にもいいところはあるんでしょ? 舐め回して唾液まみれになっても喜んでくれるとか」
荒々しいナギサの太刀筋は、簡単に
セスたちの手前で戦士が止まり、地面をひっかいた。砂ぼこりが舞う。逆方向から足音。
「風よ!」
セスは糸で網を作り、ロルフの肩を引き寄せた。
「いざとなったらナギサを頼む」
「は?」
「僧侶は前に出ない。勇者はずっと我の方を警戒していた。いや、我を討てば終わるとでも思っているのだろう。ならば足止めは容易だ」
糸とは思えない硬質な音が鳴った。
セスが体を下げながら回転するようにロルフをかわして前に出る。
「ヘネラール、借りるぞ」
沼に糸を垂らし、
「我は城に居た時からそなたをよく見てきたつもりだ」
凍らすが、魔力と僧侶の援護で勇者が素早く距離を開けた。
「ロルフなら安心して任せられる」
セスがスヴェルを地面に叩きつけた。氷が棘を作る。
「太陽よ」
「はああああ!」
「それは! ヘケル将軍のものだ!」
「正確には、ヘネラールを殺して奪ったあと、そのヘケルとやらに渡したのだろう? それをまるで自分たちの物のように言うとは、盗人猛々しいではないか」
「そのヘネラールの前はわからないじゃないか!」
「これは代々あの一族に伝わる秘宝だ。少なくとも、三百年はこちらの物だの」
勇者の力が弱まる。セスは勇者を弾き飛ばした。
「証拠もないのに、変なこと言わないでください!」
セスは、生気の戻った
ナギサは、あの後も挑発を執拗に受け続けたのか、インファイトに近い形で魔法使いに迫っている。
「イルザ、とっておき行くわよ」
「はい」
僧侶が返事をする。
(範囲攻撃か)
戦士が魔法使い側に、勇者が僧侶の近くへと退いた。
セスがスヴェルを地面に叩きつけて、僧侶の方へと氷を伸ばす。
「聖なる炎よ、我らを守りたまえ!」
「さあ、殺生石よ。息ある者、鼓動する者、生きとし生けるものを全て無に帰したまえ」
淡く殺生石が光る。
「させるか!」
ナギサが突っ込んだ。ナギサを捕えようとしたセスの糸が空振りに終わる。鎧が剣を下げた。視界の隅でロルフも走り出した。
「狐火よ」
裂けたような口で、魔法使いが言葉を紡ぐと、ナギサの父のものと瓜二つの炎がセスとロルフとナギサの周りにやってきた。セスは魔力を込めた糸で無理矢理消し去る。ちらりと見えた光と終わった後の景色ではナギサは雷で消したようだ。ロルフには、直撃。後ろから
「少しは冷静になれっ!」
セスがスヴェルで勇者の剣を受けたのと同じタイミングで、ロルフの叫び声が聞こえた。
「疾く、失せろっ」
力任せにスヴェルを押して、勇者を跳ねのける。左足を大きく引き、それを軸に半回転すると、ロルフに投げ捨てられてこちらにやってくるナギサと、剣が横っ腹に突き刺さったロルフがセスの目に移った。
「ロルフ!」
セスの糸よりも早く、殺生石を核にした魔力球がロルフに直撃した。一発、二発、三発。そして固めて五つの光球。
ロルフが吹き飛び、盛り土の丘にぶつかると斜面に沿って滑り落ちた。だらだらと腹から血が流れだしている。
「聖剣よ、煌めけ! 魔を滅せよ!」
詠唱を聞いて、セスは振り返った。振り下ろされた勇者の剣から、巨大な魔力柱が放たれる。スヴェルを地面に突き立てて、セスは腰を落として受け止めた。勢い殺せず、地面に埋まった足がそのまま滑る。
「奥義、解放!」
ナギサの咆哮が聞こえ、影がセスに降りかかった。
「ナギサ」
自重を促す低い声を出すも、ナギサの炎と雷を纏った尻尾が柱に振り下ろされた。衝撃でセスの体勢が崩れたが、魔力の柱がやってくることはなく、砂煙が視界一面に広がった。
耳を澄ます。目を凝らす。血の匂いが広がった。
動く影はなく、動く音も無い。
糸をゆっくりと伸ばして、ロルフのいた位置まで持って行き、手探りでロルフを探し当てた。魔力をゆっくりと流して怪我の治療を開始する。
「殿下、ご無事ですか?」
上からナギサの声が振ってきた。
「状況は?」
「勇者は僧侶の近くで剣を構えております。戦士は勇者と僧侶ほどではありませんが、魔法使いの近く。右斜め前。仕掛けてくる気配はなく、防衛重視のようです」
確かに、それも知りたかったことではあるが。
「ナギサの怪我の具合だ」
ずず、と巨体になったナギサが動く気配がした。薄くなってきた砂塵は、ナギサが魔法使(ヘクセ)いの方を見ているのをセスの網膜にもたらしている。
「形態が複数ある魔族は、他のものと違って内臓を除く部位の欠損なら治りますので。ご安心ください」
大分見えるようになった視界で、セスはナギサの尻尾を数える。八本ある形態のはずだが、今は三本だけ。実に五本があの一撃で吹き飛ばされたことになる。
(形態が複数ある場合、普通の生き物なら大きくないはずの欠損も大きな痛手になるのが欠点ならば、ナギサの怪我はもう安心できる領域ではない)
大きな傷の塞がったロルフを引き寄せる。
「三十秒なら稼いで見せます」
セスが口を開くより早く、ナギサがそう言った。
「馬鹿を申すな」
ヘネラールが使っていたころよりも力が発揮できていないスヴェルを見る。
先程までの攻防で、そうとう消耗しているようだ。盾としてはまだ機能するが、氷を使って四人を分断しつつ戦うのは厳しいだろう。
「私に、次の一撃をくれない?」
勇者一行が何も言わないのは肯定なのか、魔法使いが一歩前に出てくる。
「ねえ小娘。私、一つ気になっていたことがあるのよね」
ナギサを見上げつつ、余裕しゃくしゃくの様子で魔法使いが笑う。
「親に殴られると、やっぱ他の人より痛いのかしら? 私に教えてくれない?」
殺生石の欠片が宙に次々と浮かんだ。全てに魔力が籠められ、全てから魔力が発せられ、ロルフの時よりも確実に威力があるのが、よくわかる。
「それとも同種は特攻が入っちゃうのかしら? それもそれで親の痛みってやつ? いえ、あんたの場合、主君も守れず妻も死なせて娘に手を挙げる情けなーい父親の攻撃だから痛くないのかしら?」
ナギサの口が大きく歪み、鋭い犬歯と紅い歯肉が露になる。
「その首に大穴を開けてやろうか」
ゆっくりと歩いて、ナギサがセスの前に出た。
「ははははは。面白い事言うねえ」
そして、涙を拭うように目じりを拭った。
「あんたの父親の殺生石、いくつに砕けたか知ってる? 百八個だよ。煩悩かって。で、その数をかわして私のとこに来る? その巨体で? ただの的で? いやあ、笑うなって言う方が無理でしょ」
「戯言は、終わりか?」
ナギサが首を僅かに傾げた。声には馬鹿にしたような響きが多分に含まれている。
「……続きはあんたが耐えられたらにするわ。と言っても、エイキムの一撃を受け止めた分のハンデはあげる。そうね、百八発、一斉に打つって言うのはどうかしら? その方がかわしやすいでしょ。もちろん、射線上にはあんたの大事な『殿下』がいるから直撃しちゃうけどね」
殺生石が濃紺を中心に、色を変えつつ発光し始める。
ナギサが完全に魔法使いの方へ駆け出す準備を整えた。セスはロルフの治療を続けつつ、他の三人に気を配る。
「じゃあ」
ゆっくりと言い始めた魔法使いを無視するようにナギサが駆けだした。魔法使いの口が閉ざされ、殺生石が射出される。炎がナギサの進路に現れ、殺生石とぶつかりながら魔法使いにも迫る。熱気が揺らめき、戦士が剣を前に構えた。魔法使いのローブが揺れる。
されど、迫れたのはそこまで。
徐々に殺生石が炎を裂き始め、初めの一撃がナギサの喉元に当たる。炎が弱まり次々とナギサの体に吸い込まれ始めた。セスが手に魔力を集め始める。
ナギサの残っている三本の尻尾が、高々と広げられた。まるで、セスの動きを止めるようにも見え、セスは発射をためらってしまう。その間に、殺生石が急斜面を転げ落ちるようにナギサに殺到した。スポンジに吸い込まれるように、その綺麗な金糸にどんどん分け入っていく。ナギサが首をあげ、次いで急所を隠すように丸まったが関係なく殺生石は襲って行った。
苦悶の声も砕ける音も何もかも、その激しい打撃音がかき消す。
尻尾が暴れて、顔の前にも行くが終ぞ一発も弾くことはなくすべてがナギサに飲みこまれた。
援護のために出したセスの糸も、勇者と僧侶の魔法、戦士の魔力の籠った斬撃によってナギサに届かずに終わってしまう。
ぐらりと巨体が揺れて、しゅるしゅると巨大な妖狐が人間態に戻って行った。
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