第9話 郊外にて

  街道沿いの森の中に腰かけて、取り戻した武器を沼から取り出す。

 セスは懐から布を取り出して、武器を拭きだした。


「ヘネラールのおっさん、本当に死んだんだな」


 ロルフの呟きに、ナギサが鋭い視線を向けた。


「よい」


 氷蒼の盾であるスヴェルを拭く手を止めずに、セスが言う。


「しかし、この者の言葉遣いは殿下に対する敬意にかけております」


 ナギサが返す。

 ロルフは肩をすくめて、笑っている。


「群れの長なのだ。へりくだっては示しがつくまい」


 ナギサが、いつでも柄にかけられるようにしていた手を下ろした。


「ありがとうございます。流石、殿下は話がわかりますね」


 ロルフが、ひょい、と足を開いてしゃがみ、手を足の間に置いた。

 ナギサからの圧が強くなる。


「いやいや、俺が殿下を敬っているのは本当だって。ほら、落城の時もいただろ。ちゃんとあの時だって殿下に反抗的な奴を睨んでたし、殿下が逃げる時間を確保するためにガーゴイルとゴーレム相手に斬った張ったの大立ち回りを演じて見せたわけよ?」

「忠勤、感謝する」

「褒美はこれからも殿下のお供に加えてもらうってことでお願いします」


 軽い調子でロルフが言った。


「何が目的だ」


 ナギサが詰め寄る。

(忌み嫌う妖狐すら味方にしようとしていたのにの)

 セスは少し呆れたが、まあ、これから行動を同じくしていくには互いを知ることも必要だと思い何も言わなかった。


「四天王の座」


 ロルフがあっけらかんと返した。

 これにはセスも思わず毒気を抜かれる。


「だって、今から殿下の味方をしていけば初期四天王にはなれるでしょ。種族も被ってないし、二番目? の部下だし」

「何を」


 ナギサがセスとロルフの間に立つ。


「そんな怖い顔しないでよ」


 ロルフが笑いながら続けた。


「ほら、玉座の間を思い出して。俺はどこにいた? 末席でしょ。十全な戦力どころか、いまいち戦意の低い部隊に配属されたのにも関わらず末席だよ。このままだと四天王になるには遠い道のりだけど、今ならすぐにたどり着ける。ね、協力する十分な条件じゃない?」

「神狼族はどうした」


 セスとしては仲間に迎え入れるのは決定しているので、後はナギサの気のすむまで、である。


「だいぶ減ったねえ。良い毛皮らしいし。実際、暖かいし、暑くならないよ」


 ロルフが襟筋からなぞるようにして、服を伸ばした。

 ナギサが渋面を作った。


「ああ、里は、うん、ほとんど壊滅してたよ。山にも大分逃げたらしいけど、どれだけ逃げきれてるかはわからないし。せめてもの供養として、人間に奪われる前にさ」


 ナギサが、セスの後ろに戻った。

 ロルフが首を傾げ、肉食獣のような目をくりくりと大きくする。


「お、これは味方と認めてもらえたってことかな?」

「最後に一つ聞きたい」


 ナギサがセスの後ろから声を飛ばした。


「殿下の居場所は何時から知っていた? 情報が漏れている可能性があるなら、それを討つ必要がある」

「妖狐の、何だっけ、あ、そうだ、マサトキだ。アレにこの近くに殿下がいるって教えてもらったよ。んで、魔族展が開かれるって言うじゃん。なら殿下も来るかなって。流石に勇者一行とあんだけの数の軍が居たら気が引けたけど、まあ、一世一代の大勝負ってやつ。他に行く当てもなかったし」


 ナギサが腰を低くした。


「よい。あやつらはまだ天秤にかけているだけにすぎぬ。どっちの害にも利にもなろう」


 流石に、ナギサが冷静さを欠きかねない話題なので止める。


「まあ、確かに俺も殿下がピンチになってから参加した方が恩を売れるかなって思ったけど」


 ナギサの気迫に、ロルフが軽く両手を挙げて続ける。


「殿下とクノヘでは危機にすらならなさそうだったから、早めに参戦したから。許して」

「言わねば良かったろうに」


 スヴェルをナギサに渡すと、ナギサがしゅるしゅると収束していった。

 続いて、サルンガを取り出す。太陽の弓なだけあって、こちらも汚れは目立たないがセスは手入れを始めた。


「いやー、小細工を弄したことが後から発覚するよりは今すぐに言った方がいいかなって思いなおしてさ」


 ナギサが睨む。


「思いなおしまして」


 臆した様子はなかったが、ロルフが一応と訂正した。


「ロルフは頼りになる味方だ。腕も立つ。そう邪険にすることもあるまい」

「むしろこの男から腕を取ったら何が残るのでしょう?」

「野心と殿下への忠誠心は残るよ」


 一応潜んでいるのだから、と咎めたくなるほどの大声でロルフが笑った。

 サルンガを磨く手を止めて、アダマスを取り出す。大鎌であるため、先程より場所を取ってしまう。

 ふと、セスが手を止めた。


「忠誠心?」とナギサ。

「例えばさ、殿下が今、何か大事なことを発見したというのがわかったり。話、止めなくていいの?」


 おどけたように言って、ロルフは胡坐をかいた。一応、足裏は隠して座っている。


「申し訳ありません、殿下。話とは何でしょう」


 刀を地面に置いて、ナギサが片膝をついた。


(なんだかんだ言ってロルフの言葉を真に受けているあたり、一定の信頼はあるようだの)


 アダマスを拭く手を再開させて、セスは口を開く。


「先の街で増えたはずの傀儡が、一気に消えたの」

「と、申しますと?」

「同じタイミングで多くの傀儡が消えた。範囲の広さから、勇者一行の誰かか、それに準じる力を持つ者、勇者と呼ばれそこなった者。あるいは、まだ我らから奪った武器を使う者がいたか……。後者なら、もう一度街に行く必要があるの」


 アダマスを見て思う。

 戦力の補強は人的資源だけでなく、物的資源も行うべきだったと。人間の手から取り返せば、相手の戦力もこちらの戦力も、勇者一行の旅の前の段階に戻せる。これまでは勇者一行や奪った本人が持っていると思っていたため、手出しに躊躇いがあったが、あの三人を見る限り、セスたちにとってはたいして強くない者が持っていることもあるようだ。


「……いえ、恐らく、前者でしょう」


 ナギサが目を細めた。


「今も、どことなく監視されている感じがします。漠然としたものですので相手も正確な位置を把握しているとは思えませんが……。あの一行は魔王城陥落までの間、的確にこちらの数が少ない時に襲ってきておりました。何かしらの索敵手段があるものかと」

「今から新しい傀儡を街から撤退させる。探れるか?」


 セスはサルンガとアダマスを沼にしまう。

 ナギサがスヴェルを掲げ、セスはそれも沼にしまった。


「解放」


 ナギサの薄黄緑色の髪に、狐のもののような耳が生え、尻尾が二本現れた。

 目を瞑り、ナギサが集中し始める。

「戻れ、我が傀儡よ」


 未だ残っている九十四体の傀儡の下に沼を展開して、収納した。

 ロルフは身動き一つしなかったが、目は鋭くナギサを見据えている。セスもそんなロルフを見た後にナギサに目を向けた。ゆっくりとナギサの目が開く。


「殿下の傀儡に、というわけではないようです。辿られてはおりません」


 ナギサに生えていた狐の耳と尻尾が消える。


「となると、直接か?」

「検めましょうか」


 ナギサが表情一つ変えずに上着の裾を掴んだ。掴んだだけで止まらずすぐに持ち上げたため、細くくびれつつも筋肉のついたお腹が露になる。


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌てて腰をあげたのはロルフだ。耳まで真っ赤である。


「勇者が来たとして、今の状況で勝てると思っているのか?」

「いや、それは」

「なら一分一秒でも監視の原因を調べるべきだ。服に何か付けられたのか、そうでないなら肉体か。考えられるものは確かめるべきだと思わないか? こうしている間にも、殿下に危険が及んでいるかもしれないんだぞ」

「ナギサ、ロルフは健全な男性だ」

「お言葉ですが殿下、こやつが私に最初何と言ったかご存じですか? 『噂以上に綺麗なお方ですね。今、少しよろしいですか?』と、そう言ったのですよ」

「殿下、そういう誘いではな」

「それならば私の裸体を目にすることは本望なのではないでしょうか」


 うろたえるロルフに、ナギサが射殺さんばかりの視線を向けた。

 セスもゆっくりとロルフに、こちらは同情の視線を向ける。


「殿下、信じてください。殿下の従者に、その、劣情を抱いたわけではないのです」

「そのことはどうでも良い。今は時間がないと言っている」

「ナギサ、落ち着け」


 ナギサが服の裾から手を放した。

 落ち着いたように、大きく息を吐きだしてロルフが座る。


「ナギサ、組織において避けなければならないことは何だ。特に男女間において」

「……痴情のもつれとでも言いたいのですか?」

「そうだ。そなたはもう少し自分が性別問わずうけることを自覚しろ」


 ナギサがロルフを見た。

 ロルフが縮こまる。


「いや、俺も努力します。でも、その、もう少し、具体的には半年ぐらい、時間を頂ければそれでもう完璧に、ええ、完璧にクノヘを子孫を作る対象として見なくなりますので、ご了承を」


 ナギサが目を細めた。口もぐにょぐにょのまま引き締めて、体を引いている。


「その宣言されるのも、なんか複雑だ」


 セスにしか聞こえないような小さな声で、ナギサが呟いた。

 ロルフが「よいしょっ」と言って立ち上がる。


「じゃあ、俺が見張りしてきますから、クノヘの確認を先にお願いします」

「結局脱ぐなら無駄な問答だったんじゃないか?」

 

 その背中に、ナギサが冷たい声音を突き立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る