第8話 合流

「待たせたの」


 セスだって予定より早く終わらせたのにも関わらず、ナギサの方が早く戻っていた。


「いえ。殿下より早く到着するのは従者の務めですから」


 慇懃にナギサが言う。


「本来ならばそちの方が時間がかかろう」

「何、魔族展とかいう馬鹿げた催しが役に立ちました。あの魔族が来るかもしれないから動きやすい服装で頼むと言えば、後は店員が適当に見繕ってくれましたので、殿下より早く到着できたのかと」


 意図がきちんと伝わったのか疑問は残るが、セスはとりあえず流すことにした。


「しまうか?」


 紙袋を指して、セスが言う。


「申し訳ありません」


 ナギサが頭を下げて、紙袋を差し出した。


「構わぬ。むしろ、これぐらいでしかそなたの忠節に答えられないのが申し訳ないの」

「そのお言葉だけで幸せにございます」


 セスが受け取ると紙袋に糸がつき、床にできた黒い泥のようなものに沈んでいく。セスの空間に入っていったのだ。


「行くか」


 しまい終えるとそう告げ、ナギサが頷いて大通りに出た。セスも続いて歩く。露天商はまだ同じ場所で商いを続けては居たが、物は減っていなかった。

 大通りを南下する。武器屋が多くなり、マルシャンの言っていた通り、魔族のものとみられる体の一部がちらほらと見え始めた。同時に、覗かれているような気配。

 店のガラスなどを使ってそれとなく後方を確認するも、バレバレの尾行はない。

 

 先を歩くナギサが大通りから小さな通りに入る。セスも入るが、感覚は続いたまま。すぐにまた別の大通りに出て、道に迷ったかのような様子でナギサが立ち止まった。周りをくるくるとみて、セスもぐるりと見渡す。どことなく統一感のある服を着たものが後ろに二人、前に一人。

 

 ナギサが小さな通りに戻った。そのまま前の大通りに出て、南下する。

 セスは足を速めてナギサに近づいた。


「付けられているようですね。既に、狙いは絞られているのかと」

「そうみたいだの」

「どこで仕掛けますか?」


 セスは通りを今一度観察した。

 通りは広く、人数を頼りに囲うこともできる上に、屋根の上からの攻撃は通りの中央部にも軽々届く。両脇に目を向ければ武器の商店ばかりが並んでいる。前にも居たということは、ここら辺に数を頼りにひそめているのか、元から休憩中の部隊とかち合ったのか。

 強盗まがい上等ならば、相手は常に武器の補給が利く状態、しかも上等な武器の補給が利く状態での戦闘となる。


「ここで仕掛けられれば、今の服装を多くの者に記憶してもらえるの」


 セスたちの立場としては仕掛けずに逃げるのが最善であることに変わりはない。


「どうやら、相手も同じ結論だったようですね」


 正面に一段と高そうな制服を着た男が現れた。セスとナギサの足が止まる。


「囲め!」


 男が右手を挙げると、わらわらと人間が現れた。通路、店、屋根の上。晩秋に殺虫剤を隙間にかけた時に出てくる蜘蛛のように、わらわらと。


「指揮官を殺しての一点突破。なるべく、派手に殺さねばならぬな」


 駒ではなく生物なら、いずれ敵を討ち取れるとしてもその前に自分が死ぬのではという恐怖を覚えるくらいに、素早く、圧倒的に。


「かしこまりました」


 唇を動かさずにナギサが言った。


「降伏するなら、攻撃はしない」


 既に魔族と決めつけているかのように、迷いのない声で指揮官らしき男が言った。

 ただし、兵は弓も銃も構えているため、ただの構えだけの降伏勧告だろう。


「降伏すると言ったら、部下の暴発でも起こるのかの?」


 セスがナギサの前に出て、悠然と言った。

 指揮官らしき男は何も言わずに手を少しだけ上に持って行く。


「放て!」


 手を勢いよく振り下ろした。

 セスはナギサのルートを開けるように体を傾け、十本の糸を操ってすべての攻撃を叩き落す。その間に、刀を抜いたナギサはもう指揮官らしき男を射程に捉えていた。

 

 突き。


 カァンッ、という甲高い音。

 蒼い氷のような盾を持った男がナギサと指揮官らしき男の前に立っていた。

 ナギサの足元が凍り始める。セスが魔力球を放って氷を砕き、糸を巻き付けてナギサを手元まで引かせた。男の追撃はなく、指揮官らしき男の傍に腰を落として立っている。


「スヴェルか。ヘネラールが使っていた武器だの」


 四天王ヘネラール。主に北方鎮撫に当たっていた彼だったが、魔王城陥落の二か月前に消息を絶ち、遅れて死亡が報告された。

 真面目であまり多くをしゃべらないが、こと酒と武器については熱い男だったと、セスは記憶している。『殿下と一緒に酒を飲む日が楽しみだ』という、くしゃくしゃになった彼の赤ら顔も、記憶にしっかりと。


「フロッティとダインスレイヴはどこかの。ヘネラールの遺産は全て奪われたと聞いておるが?」


 こちらの初撃も失敗したが、相手の初撃も失敗したためか、周りは武器を構えたまま沈黙している。


「構え!」

 

 応える気はないと言わんばかりに、指揮官らしき男の手が上がった。

 セスがまた糸を具現化させる。


「は」


 掛け声とともに、スヴェルが地面に叩きつけられた。氷が走る。セスが糸を消す。手が振り下ろされた。爆音が鳴る。再び糸を現わして、それを弾く。


「雷よ」


 氷はナギサが壊した。

 きらきらと氷が舞う中を、スヴェルを持った男が駆ける。セスが黒い魔力球を放った。スヴェルに当たると、凍り付き砕けて消える。だが、男の足は緩まった。

 ナギサが詰める。セスの視界の隅に、紅と黄金の配色の、重そうな弓矢が入った。狙いはナギサ。


「退け」


 矢が放たれる。ナギサが疑問を示さずにセスの傍まで退いた。ナギサのいた場所に矢が着弾すると、すさまじい光量と熱も持って爆発が起きた。

 放った男の方に目をやると、既に屋根から降りていた。


「サルンガは、オフィシエの物だったな」


 四天王オフィシエ。真っ先に勇者一行に挑み、最初に屠られた四天王。最弱だと陰口をたたかれることもあったが、本人は努力家で、常に向上心を忘れない人だった。性別の無い種族だったため、幼い頃は好奇心で近づいたこともよくあり、その度に迷惑そうにしながらも親切に色々とセスに教えてくれたことは、今でも役に立っている。思えば、瓦解が始まったのはオフィシエを失ったあたりからだろうか。


「どちらも、取り返さなければなりませんね」

「ああ」


 一般兵は未だに弓と銃を構えているが、もはやこれは林だろう。サルンガを撃つ男が隠れるための案山子。圧迫感は与えども、すぐに片づけられる存在。


「しかし、増えたな」


 時間がたつにつれ、囲む人員が増えているのがよくわかる。二個師団と聞いたときは流石に多すぎだろうと思ったが、あながち間違ってはいなかったのかもしれない。

 左手にサルンガが現れた。

 セスが魔力球を放つ。サルンガが飛び降りる。スヴェルが迫り、ナギサが雷で牽制をした。その間にサルンガの乗った屋根が吹き飛ぶ。何人かの人間が落ちたが、戦闘続行できるのは半分ほどだろう。死にはしないが。


「我らが魔族狩りを命じられる理由を教えて差し上げましょう!」


 今度は指揮官らしき男が部下から鎌を受け取った。

 アダマス。四天王バタルの所有する武器の一つ。何を切っても絹ごし豆腐のような感触しか手に残らない、恐るべき鎌。手ごたえが無さすぎて本人はあまり好きではなかったらしい。あの女傑は自身も傷つき相手も傷つく愚直なほどの真っ向勝負が好きだった。許嫁がセス様にあまり近寄らないでくださいとパダルに言っていたため、他の四天王ほどの思い出はセスにはないが。

沼からガーゴイルの死体を三体出す。タイミングを変えて、飛行方法を変えてけしかけるが、あっけなく切り裂かれた。ちゃんと使いこなすだけの鍛錬は積んでいるらしい。


「鎌、盾、弓。なるほど。勇者一行のメイン武器ではないものばかりだな」


 ナギサが言った。

 目前にはスヴェル。

 激突。氷は雷が砕くが、刀は打ち合うことを想定していない武器。圧倒的に不利だろう。

幾度か小競り合いをしている間に、セスは小さな魔力球を屋根に放ち、一般兵とサルンガを持つ者に牽制をする。鎌が盾の後ろに来た。前衛を交代する瞬間に、セスはガーゴイルの死体を縫い合わせて、起動する。


「将軍!」


 スヴェルの男が叫んでガーゴイルを二体凍らせたが、一体がすり抜けて将軍に襲い掛かる。ナギサが突きを放つ。サルンガの男が出てきた。セスが魔力球を向けるが、放つよりも先に通りに落ちてきた。ガーゴイルの爪が将軍の背中を切り裂く。ナギサの突きは受け止められた。

 セスは闖入者を警戒しつつ魔力球を将軍に放った。スヴェルが受け止める。


「殿下!」


 屋根を飛び越えて、筒の状態になっている大剣を持ったロルフが現れた。毛皮の着いた羽織はたいして汚れておらず、服も比較的綺麗だ。


「やっと会えた殿下。ずっと探してたんですよ」


 筒を剣に戻してロルフが笑った。とても戦場に乱入してきたとは思えないほど軽い調子である。

 露骨に指揮官の顔色が変わる。武器持ちが同数では、勝負にならないのだろう。


「おっと、折角来たんだから命か奪った物を置いてって欲しいな。俺としてはここにいる全員でも釣り合わないと思いますけど、殿下はどうですか?」

「……取り返さねばならぬな」


 ナギサがちらりとセスを見た。

 セスの本音としては、とりあえず武器もちを血祭りに挙げられれば上々の戦果だと思っている。一般兵を無駄に殺して無駄に恨みを買う必要はない。


(だが、我の力を示さねば仲間も増えぬか)


「奥義、解放」

 

 サルンガが構えられたところで、ロルフが狼に変化した。飛び退き、捩じり、首元に食らいつくと引き倒した。


「ロレンツォ!」


 叫ぶ将軍をナギサの突きが襲う。スヴェルが差し込まれるが、その足にセスの糸が巻き付いた。そのまま盾の持ち手に糸が伸びる。

 将軍はロレンツォを諦めたのか、振り向き鎌を伸ばした。ナギサが突っ込んで柄の部分を受け止める。


「我が配下に降れ。ヘネラールも、その方が浮かばれよう」


 馬鹿なことを言うなと言わんばかりにスヴェルを持つ男が睨みつけてきた。

 セスの魔力が糸を通してスヴェルに流れ込む。まるで感情を感じさせない動きでスヴェルが持ち上がり、地面に叩きつけた。足や腰は抵抗しようと動いたが、意味なくスヴェルから氷が発せられ、将軍もろとも人間の体を凍らせる。

 僅かに巻き添えを喰らったナギサが小さく電撃を流して氷から脱した。


「御首級頂戴いたす」


 ナギサが将軍の首へ刀を振るう。サルンガがナギサに向けて引き絞られるが、ロルフが引き倒して引き摺った。氷漬けになったことで援護が可能になったのかいくつか矢と弾が飛んでくるが、セスが全て弾く。

 将軍の首が、ナギサの手に落ちた。


「指揮官、討ち取ったり!」


 吐き捨てるようにナギサが吼える。

 一般兵にざわめきが発生しだした。二重目三重目の兵は脱走が相次ぐだろう。

 ナギサが首を胴体の上に置く。セスの糸が将軍に伸びた。


感染傀儡源体

 

 首を縫い合わせて、氷から将軍の死体を取り出すと、死体がアダマスを振るった。氷ごとスヴェルの男の首を落とし、濁った眼がロレンツォに向く。

 ロルフが人型に戻り、ロレンツォを投げた。アダマスが走る。胴体から一刀両断。地面にどさりと落ち、臓物と血をぶちまけた。

 二つの肉塊の傷口を、セスの糸が塞ぐ。周囲の兵は、あまりの事態に動けていない者が第一層、後ろは騒がしい。

 傷口が塞がった死体が、のそりと起き上がる。


感染傀儡源体


 ゆらゆらと三つの死体がセスに近づき、跪く。


「まずは、そなたらが奪った物を返してもらおうかの」


 アダマス、スヴェル、サルンガが掲げられ、ナギサが全部取り上げていく。


「後は襲え。軍の者には容赦なく、それ以外の者は魔族の物を複数所持している者を、そなたらの仲間にせよ。一番の戦果を挙げた者には褒美をやろう」


 頭が下がり、死体が跳んだ。


「雷よ」


 武器を構えた一般兵をナギサの雷が襲う。たじろいた兵の首を死体が齧り、血が口元から垂れる。口を離すと、ぐたり、と屋根に倒れた。傷口から魔力が広がり、生きているとは思えない動きで起き上がると、腰を抜かしていた兵に発砲して動きを止めてから噛みついた。


「ああ、そうだ。魔族の物を持っていても襲ってはいけない人が何人かおるな」


 マルシャンと知っている限りの彼の配下、そしてその館の周囲には行かないようにと指示を出す。

 その指示を大通りの真ん中に突っ立ったまま行えるほど攻撃は少なく周囲は混乱しており、最早セスたちの出立を妨げる者は誰もいなかった。

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