第7話 対豪商 2
セスに続き、ナギサがもう一つの袋を掴んだ。
「しかしサグラーニイ殿、人間の商魂は逞しいものですなあ」
マルシャンが唐突に言う。
セスが腰を戻してマルシャンを見据えた。
「勇者エイキム、彼の実家は宿屋で故郷はこれと言った観光資源のない街だったそうですが、彼が魔王を討って以来『勇者の宿』として大繁盛だとか。僧侶イルザを輩出した教派は霊験あらたかな札と称してお布施をたくさん集めることに成功し、戦士カルロスの手にした武器の模倣品は飛ぶ鳥を落とす勢い。魔法使いヘクセの使用した触媒は魔道具として人気沸騰中だそうでして。万が一死体で見つかるようなことがあれば、影響が酷いでしょうな」
「触媒が人気とは、魔族狩りが加速するの」
「そもそも魔族と言うのも『魔力を操る種族』からきているのであれば私ども人間もまた魔族。そもそも翼人などのように『人』とつく種族があるのに、『人』だけ言えば私どもというのもまた」
マルシャンが水を口にした。
「歴史は勝者のものだからの。人間が定期的に歴史の覇者になってきたのだろう」
「サグラーニイ殿も、どうかお気をつけを」
「肝に銘じておこう」
セスはソファから立ち上がった。遅れてマルシャンが立ち上がる。
トラウテが扉に近づいた。
「サグラーニイ殿」
マルシャンがまたセスを呼び止める。
「何か?」
マルシャンが迷うようなそぶりを見せてから、口を開く。
「出来れば、この街の北方には行かぬよう、そして一刻でも早くこの街をでることをお勧めいたします」
「なにゆえか」
「魔族展なるものが、開催されるのです。多種多様な魔族の首をはじめ、解体された姿、剥製、腐敗処理のされた全身死体などが展示されると」
反吐が出る。
そう言いたかったが、怒気が膨れ上がった従者のことも思うと、そう簡単には言えなかった。
セスが口を開こうとしたとき、マルシャンが素早く頭を下げて言葉を発した。
「人間とは好奇心で自身の種族の解剖展も開くことがあり、発案者は、いえ、関わった者の半分以上は侮辱する目的ではなく、純粋な好奇心であったものだと、そう思います」
「ああ。善処しよう」
氷柱のような、臓腑を舐めとるような、そんな声だった。
「サグラーニイ殿、私がこの件を申し上げたのは、『侮辱になる』と知る者がいるからです。取り返しに来るとすれば、高位の者が来る可能性がある。だからと、何かと理由をつけてこの街に軍を入れ始めているのです。サグラーニイ殿の能力を考えれば確かに大幅な戦力の増強には成り得るかもしれませんが、無謀な行動です」
「数は」
聞きつつ、セスはナギサの怪我の程度を思い浮かべる。
治療を施したとはいえ、思いのほか傷は深く、万全とは言えないだろう。本来なら休ませたいところだが、今は休ませた方が互いに撃破される確率が高いためできていない。
「本日中に、純白の翼人族を討った二個師団の精鋭が、翼人族の骸と共に入ると。既に、近くで野営をしております。勇者一行も近くに居るでしょう。彼らも加わっておりましたから」
ナギサの強い視線がセスに向けられた。
「殿下。ここは、何卒我慢を」
ナギサの言葉に、即答しなければと思いつつもセスの口は従者への返事を紡げなかった。
「その中に、木蘭色の髪をした、紅い目の女性は居なかったか。部族の者からは姫と呼ばれていて、髪の長さは腰のあたりまである。藍色の簪をしていることが多くて、武器は弓だ。肌は白くて、すごくきめが細かくて。そうだ。シルはよく左の小指に赤い糸を結んでいた。爪もいつも綺麗にそろえていて、もちろん足もだ。それから」
「殿下!」
ナギサが叫ぶ。
ハッとした様子を見せてから、セスは口を噤んだ。
「申し訳ありません。そこまでの情報は、何とも」
マルシャンが謝る。
「いや、こちらこそ済まない」
浅く息を吐いて、セスは表情を硬いものに戻した。
「情報感謝する。この恩は、いずれ返す」
「私の過去に受けた恩を返しているにすぎません。ですが、恩に感じていただけるのであれば、今度は商談をお持ちいただければ幸いです」
トラウテが扉を開けた。
ナギサが先に出て確認し、セスも続く。
二人は後ろを見ることなく足早に街に出た。
マルシャン程の豪商にしては小さい商館、それなりの部屋、それなりの街並み。隠れて会うためにだと思っていたが、どうやらセスたちを逃がすためでもあったらしいと、この時になって初めてセスは気が付いた。
「やはり、思ったようには行きませんでしたね」
周囲を警戒しながらナギサが言う。
「いや、通行手形と資金が手に入っただけ大当たりだ。特に通行手形は、ああは言っていたがそう簡単に手に入るものではない。露見すればすぐに辿られる危険性も高かろう」
ちらり、と横目で露天商を見る。髪留めなどを売っている、いわば今のセスやナギサには不必要なものが並ぶ店だ。
(一応、ナギサも女子故こういうのがあった方がいいのか? いや、断りそうだな)
「姫が、恋しくなりましたか?」
目を止めた時間が長くなってしまったのか、ナギサが聞いてきた。
「そうではない」
足早に露天商から離れる。
「はは。そう言うことにしておきましょう。殿下が他の女性のことを考えていたなんて姫に思われては、また大騒ぎになりますからね」
ナギサが、偽りとはいえ、快活な声で返した。
ふ、とナギサの気配が真剣なものに切り替わる。
「とは言え、ああいった店は必要にはなってきましょう。勇者一行に姿を見られている以上、ずっと同じような服ではバレるのも時間の問題。こちらは慎重に動かざるを得ないのに向こうは大手を振って動けるのも問題です。どうでしょう。一時解散して、今のうちにいくつか服を買っておきませんか? もちろん、早く街を出て別の街に行くべきかもしれませんが」
足を止めずに、セスは逡巡する。
「いや、ここで買っておこう。追われるなら、今の服装を記憶に付けさせた方が着替える意味も出てこよう。最善は露見しないことだが、勇者一行が近くに居るだけの、戦闘装備を解かずにきた師団なら何とかなろう。違うか?」
ナギサが軽く頭を下げた。
「仰せの通りかと」
セスが足を止める。
「では、一時間を目安に集合しよう」
シルには、『それでは女性の服は選べません』と言われたな、と思いながら、セスはナギサが了承の返事をするのを見守って道を分かれた。
男女ペアより一人の方が印象に残りづらいと判断してのことである。
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