第3話 接触

 街中に居るのに誰も二人に目を止めることはなく、ずんずんと進んでいく。

 結局、足を止めることは無く次の目的地に着いた。徒であるため二時間ほどかかったが、おかげで人目を気にして入る必要がなく、建物に入ることができた。


「こちらでございます」


 着物を基調としているが、動きやすさを重視したような服装の女性が屋敷の中を案内する。

 セスとナギサが大人しく付いて行くと、立派なソファが置かれた居間に出た。服装とアンバランスさを感じるような部屋であり、壁にもごちゃごちゃと色んなものが掛けられている。


「ご苦労」


 セスが声をかけると、正面のソファの前で立っていた三人の男が頭を下げる。


「殿下におかれましては、大変な旅をしていると聞いております。本日、ご壮健な姿をみることができ、身共は歓喜に震えております」


 平坦で静かな声で真ん中の妖狐が言った。


「どうぞ、お座りください」


 案内してくれた女性が言い、先に確かめようと座るナギサを無視してセスがソファに腰かけた。非難するような目を一度向けてから、ナギサも座る。正面の三人もソファを沈ませた。


「ただいま、お茶をお持ちいたします」


 頭を下げて、女性が部屋を辞す。


「我はそなたを信用しておる。そして、そなたが約束を取り付けた妖狐のことももちろん信用しておる。そう、警戒するでない」


 刀をすぐに抜ける体勢に位置を整えているナギサに、セスが言った。


「ありがたきお言葉にございます」


 妖狐が頭を下げる。

 表情は一切動いていない。

 頭が上がるのを待ってから、セスは口を開いた。


「用件はわかっておるな?」

「魔族復権のための協力要請、でよろしいでしょうか」

「ああ」

「そのために、三つの部族長が集まっております」


 目を合わせて何かを問いかけるようにして来たため、許可の意を含めてセスが顎を動かす。


「こちらは東方で最大級の部族を束ねるヤマトです」


 真ん中の妖狐が、セスから見て左側の青緑色を基調としている男を紹介した。


「こちらが南方を束ねるフブキ」


 次は右側。差し色で赤の入っている、黒を基調とした服だ。


「身共の紹介は不要かもしれませんが、正真正銘、化かすことなくマサトキにございます」


 最後に真ん中の妖狐が胸に手を当てて、鷹揚に頭を下げた。目は切っていない。


「よろしく頼む」


 セスも動かずに答えた。


「早速ですが、三つの部族が集まったということは殿下に協力していただける、と認識しても?」


 ナギサが嫌悪感を隠すように言う。

 そのタイミングで、奥から女性が戻ってきた。盆の上には湯呑が五つ。その後ろにも年若い妖狐が一人。上には羊羹の乗った皿が五つ。


「話を詰める前に、まずは如何ですか?」


 マサトキが言うと、女性陣がセス、ナギサ、ヤマト、マサトキ、フブキの順でお茶と菓子を置いていった。


「取り寄せた、自慢の品でございます」


 細い目をさらに細めて、マサトキが笑った。


「それはそれは。ゆっくりと堪能させてもらおうかの」


 飲むなと訴えているようなナギサの視線を無視して、セスはお茶を口に入れた。


(どのみち、飲まぬ喰わぬの選択はとれなかろうて)


 飲まない食べないは『信用していません』と言っているようなもので、協力など得られるはずがない。

 セスの咽喉仏が上下する。その間もナギサの沼の底まで観察するような視線は注がれ続けていた。


「殿下が身共を信用しようとしてくださっているのに、従者がそのような態度では得られるものも得られなくなりますよ」


 マサトキが自身もお茶を口に含みながら言った。

 ナギサが視線をマサトキにやり、淡く睨んだ。口元を緩めながらマサトキが羊羹を切断する。


「やめよ」


 セスがナギサに言う。ナギサが軽く目を閉じてから、浅く座りなおした。


「身共に連絡を入れたのはナギサ殿のはず。何故、そこまで身共を警戒なさっているのか。それならば、連絡を入れなければよかったのではないですか?」


「今の殿下なら亡き者にするよりも旗印として利用しようとするのが妖狐のやり方だと、そう判断したまでです。背に腹は代えられないための協力要請であって、胸襟を開いていないことを理解していただければ幸いです」


 ヤマトが目を細め、フブキが口元を手で隠す。マサトキは表情変わらず口を大きく開けて切った羊羹を口に入れた。ゆっくりと大きく口が動く。


 とても、上位の者に見せる姿ではない。


 セスは気にしていないようにゆっくりと二股のフォークを持ち、羊羹を小さく切った。ナギサは渋面を作ってマサトキを見ている。


「何やら勘違いをされているようですが、協力するかしないかは身共が決めること。兵力も殿下はナギサのみ。こちらは三部族合計二千五百。身共にないのは御旗だけにございます」

「故事によくあるの」


 神輿を担いで復興させて、実権は担ぎ手が持つ。

 どこの世界でもよく聞く話。


「殿下はまだ若いですから。どのみち、助けは必要かと思われます。歴史によくある事態とは異なりますのでご安心を」


(それも、よくある佞臣の口説き文句だの)


 言葉を押し込むように、セスは指先が唇に触れるようにして羊羹を口に入れ、食道に流し込んだ。指を唇に付けたまま、ゆっくりとマサトキを見てから二股フォークを引き抜く。


「妖狐だけで四天王を埋めることはできない」


 ナギサが硬質な声を出した。

 向かいの細い瞳はなにも変わらない。


「おお怖い。正直すぎるのも考えものですねえ」


 マサトキがおどけた声を出したのと時を同じくして、セスの手からフォークが落ちた。ナギサが勢いよく横を向く。セスの手は、彼自身の首をひっかくように掴んでいた。

「貴様!」


 ナギサが刀に手を掛けた瞬間、掛け軸の裏から二人、窓の近くに二人の人間が転移で現れた。

 セスもナギサもよく知っている。

 魔王城を陥落させた、勇者一行だ。


「売ったか。殿下を売ったのか! 一族の面汚しめ!」


 抜刀。ナギサがセスの斜め前に立つように位置取る。机の上は、彼女の感情に呼応するかのように威嚇した雷によって更地に変わっていた。


「一族」


 ふふ、と愉快そうにマサトキが顔を歪めた。

 横の二人も嘲笑するような表情を浮かべている。


「九尾と雷獣がまじりあったそもじが、身共と同じ種族など。とてもとても畏れ多いことにございます」

「ふざけるな!」


 セスは体を折ったまま、勇者一行を観察する。


 勇者エイキムは妖狐の左前に位置取り、剣を抜いたままこちらを見据えている。すぐ後ろには僧侶イルザが短杖を握りしめて、勇者の背を見るようにしてナギサを捉えていた。


 掛け軸の後ろに空間に隠れていた戦士カルロスと魔法使いヘクセは勇者サイドとは異なり、妖狐にも警戒を払いながら注意深くセスとナギサも観察している様である。


(妖狐と勇者の間に信頼関係はない)


 気炎を上げる従者を横目に、セスは机の下から冷静にそう判断した。


「九尾、ということは四天王の息子、か?」


 勇者が青い瞳を妖狐にやった。

 目を合わせずに、マサトキが雷から守った羊羹を持ち上げる。


「息女でございます。いかようにもお使いくださいませ」


 そして、大きく口を開けて羊羹をほおばった。

 勇者一行の顔に不快感が浮かぶ。そしてそれは、ナギサも同様である。


「となると第二形態があるな」


 戦士が大剣を構えて腰を落とした。


「殺生石は加護で無効化できます」


 僧侶が勇者から少し離れて短杖を横に構えた。


「じゃあ作戦は同じ。尻尾は切り落とすけど手足は重りとして残して機動力を潰そう」


 勇者が小さく息を吐いた。


「アレよりは強くないと思うけど、今度は殺生石砕かないでよ。素材としては一級品なんだから」


 魔法使いがため息交じりに言う。

 激情が巡り巡ったのか、ナギサの目は非常に昏かった。対照的に、勇者が変わらぬ口調で口を開く。


「わかってるって。……最初は僕とカルロスが攻める。第二形態に移行したらヘクセ中心で。イルザはバフと状態異常対策を」

「あいよ」と戦士。

「はい」と僧侶。


 じり、じり、と勇者と戦士が間合いを詰める。


「おっけ。雷獣とのハーフって言ってたけど、珍しい素材が手に入るのかしら?」


 魔法使いの呟きに、ナギサの視線が完全に魔法使いに行った。勇者が駆けだす。

 剣と刀が甲高い音を奏で、さして競り合うことなく勇者が退いた。戦士が上段から大剣を振り下ろす。椅子によって下がれず、勇者によって右に移動もできなかったナギサは押しつぶされるように受け止めた。


 セスが小さな魔力球を戦士の目に向けて撃つ。


「風の精霊よ!」


 僧侶の祈りでセスの弱弱しい魔力球は弾かれた。


「雷よ!」

「雷の精霊よ」


 僧侶との発動のタイミングの差によって、ナギサの攻撃が戦士を痛めつけた。大したダメージにはならなかったのか、戦士が軽くたたらを踏んで体勢を整える。ナギサは目を丸くしたが、続いて踏み込もうとする勇者の足元に電気を落として威嚇した。


「勇者殿、ここは身共の屋敷。あまり壊さないでくれまいか?」


 マサトキが場違いなほどゆったりとした声で言った。


「魔王の血を絶やすための聖戦です。協力者であるあなた方ならば国王陛下から望みのままに恩賞が得られるでしょう。ご辛抱を」

「さてはて。勇者殿の言う通りになりますかなあ」


 マサトキがゆったりと顔を上げると、部屋の出入り口付近に居た奥方が下がっていった気配がセスにも分かった。

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