第18話【暴走話】深夜の脱走



 慣れない巨大なお風呂に入れられて、危なくメイドさん達に体を洗われそうになったけれど、なんとか一人で入ると言い切り、なんとか就寝部屋まで逃げ込んだ。


「よし、逃げ出すなら今のうちかな」


 時間もそれなりに経って、皆が寝静まっただろう真夜中だ。


 ベッドからゆっくりと起きて、足音を立てないよう低く屈みながらドアに近付く。


「珠音の部屋は右隣りだったよな。廊下は人影なしっと」


 顔半分くらい開いて、廊下に人が居ない事を確認してからそっと部屋を出る。


 壁にそって隣の部屋を開けて、珠音が居るだろう部屋を覗く。


 布団にくるまって眠る珠音を発見して、体を揺さぶって起こす。


「おい、珠音。おいっ! 起きろ」


「なんじゃ五月蠅いの~」


 耳元で声を掛け続けてようやく、反応を示した。


「逃げるぞ」


「はぁ~、何を言っとるんじゃお主は。我は寝る」


 僕の顔を見る事もなく、枕をギュッと抱きしめて布団の中へと潜り込んでしまった。


「寝るな~、起きろ~」


 掛け布団をはぎ取って、さっきよりも強めに揺らす。


「トイレか? 仕方ないのぉ~」


「違うって、逃げるんだよ」


 寝ぼけ眼を擦りながらも、ふらふらしつつ起き上がった。


「分かったわかった、付いて行ってやるから」


「もう~、まぁ良いや。さっさと行こう」


 仕方なく珠音をおんぶするして、すぐに廊下の方へと移動する。


「うぃうぃ~、行くぞ~……、ふぁ~」


 車掌気分でほぼ寝ぼけながら、真っすぐに指さして欠伸をしている。


 まだ夢の中なのだろう、けど今は早くここから逃げ出す事が重要だ。


「なんでよりにもよって階段から一番遠い部屋を選ばれるかね……、ていうか夜回りしてるメイドさんが多くないか? 早く逃げ出したいのにさ」


 曲がり角から顔だけだして、見回りの人達を観察し、隙を伺いながら早歩きで移動する。




  ♦♢♦♢♦♢【視点:楓】♦♢♦♢♦♢




『ターゲットが動き始めました』


 トランシーバーからメイド達の報告が上がってくる。


「あら結構早くに動きましたね。了解です、引き続き監視をお願いしますね」


「はっ! ……って、良いんですかお嬢様」


 そう言いつつもメイド達の声も浮足立って面白そうに話している。


「こ~ら、今はコードネームで呼びなさい」


「失礼しました、アルファ様」


 こういうのは雰囲気が大事なんだから、名前で呼んじゃダメよ。


「よろしい」


 何だかんだ、皆が乗り気で楽しんでくれているのなら大成功でしょう。


 シルクの生地が私の肌を滑って擦れる。


「こういうのってワクワクしちゃうよね~」


「紬がちょっと可愛そうだけどね」


 皆が其々に寝間着を着てはいるが、出歩けるよに恥ずかしくないモノを着用している。


 晶さんに至っては短パンに半袖といったラフな格好だ。


 肉付きの良い脚や腰が絶妙に色っぽい事に、彼女自身は気付いていないようだけど。


「何を言ってるんですか、明日は皆で怖い思いをするんですよ。一人安全圏に逃げようなんて許せませんよ。それに、男の風上にも置けない人になってしまいます」


「こんなか弱い女の子三人を置いて、自分だけ逃げるなんて許せないよね~」


 ソフィアは可愛らしいワンピースっぽいデザインの寝間着だ。羽織る感じの薄い上着がモモンガの様に脇下から広がっている。


「いや、まぁそうだけど……か弱い?」


 腕を組みながら首を傾げている晶さん。


「あき――コホンっ! ベータ。何か言いましたか?」


 ソフィ――ではなく、ガンマも一緒に鋭い視線でベータを見た。


「いや何も言ってない、うん、そうだな。か弱い乙女を捨てて逃げようなんて許せないな」


 なにか慌てて同意してくれましたけど、何が怖かったんでしょうか、うふふ。


「そうそう、これは明日の予行演習とでも思っておけば良いんだって」


「明日は驚かされる側だと思うんだけどな~」


「でもこういうのってさ、楽しくない」


「ワクワクするって言うのは、否定してないだろう」


 ベータも何だかんだ言いつつも、結構にノリノリで手伝ってくれていますからね。


「まぁある意味では親睦会みたいなモノですよ。こういった事を積み重ねて仲良くなっていかなくては駄目です。って、この本に書いてありました」


 なんで貸してくれなかったんですかね。こういう本を探しているって言ったんですけど。


「なにこれ? イチャコラまでの大作戦教本?」


「楓……また変なチョイスの本を選んだのか…………、今度は誰に進められたんだ」


 私から受け取った本を二人も興味深そうに見る。


「メイド長さんの部屋にあったのお借りしたんですけど? 何か駄目でしたか?」


「あぁうん。まぁ仲良くなろうって事は良い事だから」


「そだね。後でちゃんと返しておきなよ」


「はい、ちゃんとバレずに返しておきます」


「しかも勝手に借りてきたのか」


「メイド長さん、誰を落とそうとしてたんだろうね~」


  ♦♢♦♢♦♢


「やっと二階、なんで一階から直で繋がってないんだよこの屋敷⁉ また廊下を通って行かなきゃっ⁉ 誰か来た!」


 通路に挟まれて、見回りをしている人のライトが左右から迫って来る。


「可笑しいですね、こっちから何か聞こえた気がしたんですけど」


 慌てて近くの部屋へ駆け込んだ。


「思わず知らない部屋に入っちゃったよ……ここは何処だ?」


「さ~て、ここは何処でしょうかね?」


 すぐ耳元で声が聞こえて、振り返った。


「ひぅっ! だ、誰っ⁉ 冷たい⁉」


「悪い子ですね~、逃げ出そうなんて~」


 今度は反対側、でも近くには誰も居ない。


 暗い部屋の中じゃあ何も見えない。


「そ、その声は楓さんとソフィアちゃんだな! なんでこんな場所に」


「それはこっちのセリフなんだけど……なんで此処に来てるのかな?」


 真後ろから肩を叩かれた。


「わう! ビックリした……急に後ろに出てこないでくださいよ……あれ?」


 僕の真後ろにあったのはドアだけ、晶さんはそこには居なかった。


「何処見てるの、そこに誰かいる?」


 いつの間にか部屋の中央が明るく光っていて、三人が何かを囲うよに遊んでいる。


「え、今さっきまで後ろに、あれ? え、なんで」


「そうだ紬さんもやりますか、福笑いパズル」


 楓さんが顔を隠す様にしながら、福笑いのタイルを僕に見せてくる。


「い、いや遠慮しとこうかな。その、自分の部屋に戻るからさ」


 なんか嫌な予感がして、後ずさりながらドアノブに手を掛けたのだが、ノブが回らない。


「そんな事を言わないで~、一緒にやろうよ」


「ただ、こんな顔になっちゃっても文句は言わない様にな」


「ひぅ⁉ か、か、かお――――」


 皆の顔が何もなくなっていた。


「どうしたの、楓?」


 晶さんの顔から眼や鼻が、福笑いパズルのピースの様に地面へと落ちていく。


「ひにゃっ――はぅ」



「あいたっ⁉ なんじゃ、何が起きた⁉ ぬ? 紬~? 気絶しとるのか~?」



 そこから先は、僕は覚えていない。





「逃げようとした罰ですよ~、それじゃあ皆で一緒に寝ましょうね~」


「いや、流石にそれはダメだろう……明日は一日女装とかでどうだ?」


「衣装は? メイドさんかな」


「それも良いですね、では他の者達にも通達しておきましょう」



「セバス、彼を部屋まで運んであげてください」



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