第81話 はぐれ者の里
少年がガチガチに緊張していた。雲の上の人間を案内する役目を与えられてか、同年代の美しい異性と話すためか、あるいはその両方か?
「すると、あなた様は大賢者ゲンに救われた最初の人間というわけですね!」
「ははは……はいぃ。そういう事になります……」
センディが案内役に選ばれたのは、分校までの道中、ハンシイ姫に昔話をするためだった。最初に木の実と交換で初歩的な単語をゲンたちに教えた話。その夜、叔父であるキンダーに叱られた話。以来、賢者たちが足繁く村に通った話。そして、サスルポに捕らえられた所を助けられた話……。
たどたどしかったものの、実体験として語られる大賢者伝説の序章は、みずみずしいリアリティがあり、あらましを知っていたフランも聞き入ってしまった。
「まったく、あの日は大変だったんだからね! ガキンチョがいっぱしに魔石探しなんかしようとしてさ……!」
センディと旧知の仲であるアマネが、ばしっと彼の背中を叩く。
「む、昔のことはいいだろアマネ姉さん!!」
姫の御前でからかわれた少年は、耳まで赤くしていた。
「けど人のご縁とは不思議なものです。その時のセンディ殿の勇気がなければ、賢者たちはギョンボーレ族に出会うこともなかった……」
姫は手にしたノートに、センディが語る体験談をメモしながら言った。
「まぁ、そういう事になりますね……人の縁といえば、彼らにしてもそうです」
馬車は、森の中に建てられたレンガ造りの門を抜けた。学院のシンボルである尖塔が木々の間から姿を表した。
* * *
馬車を降りた一同を、二人の人物が出迎えた。
「お久しぶりです、賢者アキラ、賢者アツシ」
「ようこそお出でくださりました、王女殿下」
「私達のことを研究していると伺いました」
「はい。貴方がたの智への挑戦に深く敬意を抱いております。それをまとめ、広くこの世界の人々に伝えていきたいのです」
「そのように思っていただけるとは、大変嬉しいです。さぁ、どうぞこちらへ」
敷地内には、今は立派な建物が二棟建っている。入り口から見えた尖塔を持つ校舎と、生徒であり虜囚でもある転生者たちが暮らす宿舎だ。
けど後の賢者たちがこの地で暮らしていた頃は、谷あいに数軒の小さな丸太小屋があるだけだったそうだ。
「あの頃は大変でした。なぁ、賢者アツシ」
「はい。皆言葉を話せず、転生者たちからすら疎まれていた者たちでしたから……大賢者リョウが皆をまとめていましたが、全員半ば自暴自棄で……」
「そこに、大賢者ゲンが現れた?」
「はい。そうだ、あの中で怒鳴っている人がいるでしょう? 思えば彼に最初の"辞典"を投影したのがすべての始まりでした」
アツシが指差す方向には、大講堂の扉がある。
「何度言えばわかる! 〈自動翻訳〉に頼るな! 心の声を遮断し、耳と口と頭を使って言葉を話せ!!」
半開きになっているドアからは、生徒たちを叱りつける教官の声が漏れてきた。
「あれは……賢者マサル?」
「はい、今や本校随一の熱血教師です」
「まさか、ああいう役目が似合うとは、この里にいた頃は思いもしませんでした」
「本当に……」
アツシとアキラ、そしてアマネの三人は、声を立てずに笑う。
「彼は今、新入生の講義を担当しています」
「新入生? ですが、ここには旧オクト軍の捕虜しかいないのでは?」
「だけではありません。あの戦争の後、潜伏し続けていた者が見つかるたびにここに送られます。また、戦争とは無関係だった転生者も、希望すれば入学できます」
「今は128名が在籍。残念ながら卒業したものは、まだ12名しかおりませんが……」
この世界のことを理解し、かつての所業より更生した者は卒業生として、王宮の公務につくことになるが、賢者たちはその卒業基準を非常に高度なものとしていた。世界に迷惑をかけた以上、それを償えるだけの力量が備わるまでは外には出さないというのが、アキラたちの方針だった。
また、中には世界と向き合うことを拒否し、宿舎から出ることもなく囚人同然の生活をしているものもいるという。オクト一派の幹部だった、アグリとジュリアがその代表だった。
「今は、そんな彼らに講堂の席に着かせることが私の使命だと考えております」
アツシはそう語った。
「あのそれで……ここの焼き討ち計画があったと聞いたのですが……?」
ハンシイ姫は、ガズト村で聞いた一件について、二人の賢者に尋ねた。
「そのことでしたら、お話するのにふさわしい場所があります。案内しましょう、『理解の部屋』へ」
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