第80話 ガズト村
「王女殿下、ようこそおいでくださりました。村長のキンダーです」
村の入口で壮年の男性が、ハンシイ王女とフランと出迎えた。かつてはこの村の門番を務め、勇者・賢者戦争にも従軍した男だ。5年前に先代の長がな亡くなった後、村人たちの合意により長に選ばれたという。大賢者ゲンは、彼のことを大切な友人だと言っていた。
キンダーは、村の各所を案内して回った。
「以前よりも、農地が広がっていて驚きました」
「ははは、おかげさまで。この数年で2倍以上の面積を開墾しました」
「家も増えてますね。今じゃ、柵の外の方が多そうです」
かつては外敵に備えた柵がぐるりと村を囲んでいたが、今はそのさらに外側に新しい街区が出来ている。もはや村というよりも小さな街と言った景色だ。
「はい。偽王の災厄で流民となった農夫がたくさんいますので……」
偽王の災厄によって魔石を失い、一時は滅亡寸前だったと言われるこの農村は、ここ数年豊作続きで年を経るごとに豊かになっている。
同じように魔石の消失により故郷を失った人々を、キンダーは暖かく迎え入れた。彼らに、田畑の開墾を条件に定住させることによって、ガズト村はこの数年で急成長したのだ。
「私達も彼らのようになってもおかしくなかった。だから出来る限り手を差し伸べていくつもりです」
「ご立派です。けど……」
姫が何かを言いよどむ。
「何か?」
「姫様、存分に質問を、と申したはずです。必要なことでしたら長にお尋ね下さい」
「そうですね。では……流民の皆さんと、彼らの間には軋轢はないのでしょうか?」
若き研究者の顔で、王女はキンダーにそう尋ねた。
「彼ら、とは分校の生徒たちですね?」
「はい」
「無いといえば嘘になります。ある意味では、自分たちの故郷を奪った張本人なのですから……」
このガズト村は、賢者学院の分校に最も近い村だ。二十賢者たちの出発点となった、はぐれ者の里と呼ばれる場所が、この村近くの山中にある。賢者アキラが、かつての古巣であるその山に、学びの場を築いたのだ。
その分校は、ある者達のために作られた。転生者だ。
魔王オクトの手先とした動いた転生者たち、とくに
多くの人にとって、転生者たちは故郷を破壊した大罪人であり、極刑を望む声も大きかった。この声に向き合ったのが、賢者の中でも最年長のアキラだった。
『彼らの中にはこの世界で生き残るためにオクトに付き従わざるを得なかったものも多い。そもそも〈自動翻訳〉スキルで、この世界と向き合う事が出来なかったのは彼らにとっても不幸だったと言える。望む者にはチャンスを与えたい!』
彼は過激論者と誠実に向き合い、説得を続けた。そして王都から追放するのであれば、更生の機会を与えても良い、という譲歩を引き出した。
はぐれ者の里は、そんな条件にうってつけの場所だった。半ば流刑地とも言える環境だったし、学問を学ぶ意義について考えるのにも、これほどふさわしい場所はない。こうして、転生者たちのこの世界の言葉や文化、そして転生したことの意義について学ぶ、賢者学院の分校が誕生したのだ。
「最初は、流民たちに分校のことは秘密にしていました。けど、あの学校への物資はこの村から送られます、どうしたってバレてしまう……一時は、分校を焼き討ちしよとした事件までありました」
「それで、どうなさったのですか……?」
「私が犯行一味の足取りを押さえて、未然に防いだのです」
後ろから声がして、一同振り向く。そこにはフランの友人が立っていた。
「後ろからのお声がけ失礼します、王女殿下」
「ああ。お久しぶりです、賢者アマネ」
二十賢者の紅一点、賢者アマネはしばらく王都の復興事業に関わっており、戦災孤児の福祉政策などにたずさわっていた。年の近い同性ということもあり、フランとも意気投合し、互いに良き相談相手であり遊び相手となっていた。
勤勉な性格が災いしてか、大賢者リョウや大賢者ゲンに無茶振りをされることも多かったらしい。酒が入るとよく当時のグチがでたものだ。
そんな彼女が、王都での仕事に区切りをつけ、ガズト村の発展に力を貸すために戻ったのが3年前のだった。
「防いだという事は……その方たちは?」
「処罰せざるを得ませんでしたが、できるだけ罪は軽くしました。それよりも分校の生徒たちとの誤解を解くことが大切でしたので」
「……と言いますと?」
「詳しくは、明日現地でお話しましょう。私と、村長の甥である彼が、分校をご案内いたします」
そう言ってアマネは、一人の青年を王女の前に立たせた。彼は緊張した面持ちで王女に頭を下げる。
「は、はじめましてて……王女サマ。セセセ……センディと申しま……す!!」
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