最終章 転生者の学問はかくて始まり

第79話 卒業課題

 椎本フランは数年ぶりにガズト村へ向かっていた。


「これは……以前来た道と違いませんか、フラン?」


 馬車の窓から見える景色に気づき、ハンシイ姫がフランに尋ねる。今回のガズト村訪問は摂政としての公務ではない。王女ハンシイの付添いとしてだ。


「はい。表街道ではなく、山岳地帯を進んでいます。一部、ウィーの領域がありますが、ギョンボーレ騎兵に警護を頼んでいるためご安心ください」

「この辺りのウィーの領域というと……もしかして、大賢者ゲンと魔王オクトが初めて出会ったという?」

「はい。あの山にそびえる古城がそれだと聞いています」


 勇者・賢者戦争の緒戦で、フラン率いる別働隊はこの道を通っていた。が、その時は、ゲンとオクトが唯一ともに戦ったというあの城のことは知らなかった。


「あそこまでいくの?」

「いえ。長年、人の手が入っていない古城。魔物の恐れもありますが、いつ崩落するかもわかりません。ここから眺めるだけにしてください」

「そうですか……わかりました」


 姫は少しがっかりしたようだ。


「その代わり、村長のキンダー殿を始め、ガズト村の皆さんは当時の賢者たちの様子をよく知っております。村では存分に彼らにご質問なさいませ」

「はい!」


 ハンシイ姫は今、論文の執筆に取り組んでいる。大賢者リョウが進言した通り、姫はこの8年、よく遊びよく学んだ。賢者シランが再建中の王都に建てた、賢者学院の一期生となり、賢者や大魔術師、ギョンボーレの古老などから、あらゆる知識を学び取った。

 そんな姫にシランが卒業課題として出したのが論文の執筆だ。テーマは自由であったが、姫は以前から決めていたらしい。


『賢者シラン、私は貴方がたについて書きたいと思います。大賢者ゲンと貴方がたが、どのようにして言葉を学び、どのようにしてこの世界最高の知性となったか、その足跡を私は一冊の本としてまとめたいのです』


 幼い頃に『偽王の災厄』(かつてのオクトの一連の悪行は、その名で呼ばれている)によって国と家族を失ったハンシイ姫。彼女にとって、その苦境を救ってくれた賢者たちは最高のヒーローだった。彼らのことを知りたいと思うのは、彼女には当たり前の衝動だし、またそれは彼女の人生にとって意味のあることだと思う。

 だからフランは、摂政ではなく一個人として姫の熱意を応援したいと考え、部下に政務を託し、彼女の研究旅行に随行することにした。


「私としては、あなたがついてきてくれて助かります。けれど、本当によろしかったの?」

「はい。どのみち、私が政務を取り仕切るのも、あと半年くらいでしょう。今のうちに部下たちは、私がいない現場になれておいたほうが良いでしょう」

「まぁ!」

「姫様……いや女王陛下。彼らのことはよろしく頼みます」


 ハンシイ姫は、課題を完成させ卒業の認定を得た後に、正式に女王に即位することが決まっている。

 既に彼女は親政を行うことを表明しているため、即位とともにフランは摂政の任を解かれることになる。勇者・賢者戦争の終結から8年。この手で魔王に剣をおろしたあの日以来、背負い続けていた重荷からようやく解放されるのだ。

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