第78話 勇者の勝利
ヘンタルの丘の南方に広がる、漆黒の大森林ベンチラスカ。語源は、聖神歴以前のこの土地の古語で「夜の神の寝所の樹」という意味の言葉『ベント・ウィー・ラスコ』だとされている。
その名の通り、この森一帯は
ヘンタルの丘から続く、足跡はこの森に向かっていた。フランによれば、オクト達は魔族討伐のために、一度この森を訪れていたそうだ。連中は「迷いの森」と呼んでいたらしい。オクトもその地形の複雑さから逃走経路に丁度いいと判断したのだろう。
その奥地でそれは見つかった。
「間違いないのか?」
オレはシャリポに問いただす。
「はい、体表の8箇所に魔力が集中している結晶体を確認しました。恐らく、オクトの身についていた
「先代にはあんな部位はありませんでした。アレがオクトの成れの果てである可能性は極めて高いです」
フランの表情も重々しい。袂を分かったとはいえ、共に魔王討伐をした者の無残な姿に複雑な思いを抱いているのだろう。
「そうか……。オクト……馬鹿野郎……!!」
大規模な山狩りの末に、フラン隊の騎士がここを発見した。すぐにシャリポ隊も合流し、一本の巨木を取り囲んだ。
巨木には甲冑を着た人型の何かが同一化していた。それは影のように真っ黒で、身体のあちこちに巨大な結晶が突き出ている。人型は息づくように身体を上下させ、それに伴って結晶体の奥に宿る毒々しい光も明滅していた。
それは
「歴史上、転生者本人が魔王となるケースは非常に稀です。大抵は、転生者が抱いた負の感情が周囲の物質に宿り、それが成長して魔王となります」
「だから、ギョンボーレ族はそれらの物質を破壊して、魔王の誕生を未然に防いできた……そうだな?」
シャリポは頷く。
「はい。ですがオクトが恐らくこの森へ足を踏み入れたとき、本人が強すぎる負の感情に満たされた状態だったのでしょう」
まぁそうだろうな。オレたちへの憎悪、戦に負けた屈辱、平然と仲間を見捨てる薄情さ、そういう感情の集合体だったと容易に想像できる。
「しかも悪いことに
マナと
「こいつはいつ動き出す?」
「わかりません。けど確実なのは、魔王として覚醒する前に倒すべきだということです。8つの魔石が魔王にどんな力を与えるかわかりませんから……」
「そうか……」
オレは、魔王へと成長中のオクトの姿を眺めた。もはや見る影もなくなってしまったが、思えばこの世界で最初にオレに声をかけた男だった。
「お前が少しでも、この世界に敬意を持ち、この世界のことを知ろうとしていれば、な……」
賢者の称号まで行かなくとも、せめてギョンボーレ族の助力を得ていれば……「勇者オクト」の名前で歴史に名を残せたはずだ。
「フラン!!」
オレは横にいるもうひとりの転生者に声をかける。
「あなたの持っている
「は、はい。ですが……決着は大賢者ゲン自身の手でつけるのでは」
「自称勇者の暴君オクトならそれが出来た。けど、奴はもはや魔王オクトだ」
「はぁ……」
「魔王を倒した勇者は、次代の民を導かなくてはいけない。その役目は、賢者が担うべきではない。オレが勇者になれば、すべての権力がオレに集まる。それでは、オレが第二のオクトになってしまう」
「そんな!」
フランを思い切り首を横に振った。
「奴と、大賢者ゲンは違います!あなたは決して暴走するような人じゃない!!」
「多分、オクトも自分のことをそう思ってたはずだ。〈自動翻訳〉スキルを悪用して人を騙す方法を思いつかなければ……」
最初は冒険をスムーズにするための小ワザ程度のものだったのだろう。オクトも、この世界に転生したということは、生前に何らかの善行があったはずだ。そんなヤツが最初から世界征服を目指していたとは、考えたくなかった。
「それに、滅茶苦茶になったこの世界を立て直すには、あなたのような人が上に立つべきなんだ。勇者フラン」
「……………わかりました」
しばらくの沈黙の後、フランはそう答え、魔石がはめ込まれた剣を抜き放った。
「勇者フランの名において、魔王を討伐する」
闇が支配するベンチラスカの森に、光の柱が立ち上り、煌々と樹々を照らした。
その光は、この不毛な内戦「勇者・賢者戦争」の集結を告げるものとなった。
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