第46話 意外な訪問者

 三英雄時代の大まかな翻訳が終わると。残りの細かいところはハルマをリーダーとした詳細翻訳チームに任せ、メインチームはさらに先の時代へと進んでいった。

 この本によれば、聖神ティガリスの代行者である初代勇者ラスターが魔王を倒した年を聖神歴元年としている。そしてこの本の最後の章は、現在の魔王が現れたという8年前、聖神暦545年。三英雄時代は368~392年。折り返し地点を越えたとはいえ、先はまだまだ長い。

 しかもここから先は、魔王の出現と討伐のサイクルが早くなり、その上大陸同士の交流が盛んになって、記載される事柄が増えてきている。3大陸統一王朝である、現在の王宮が成立してからの百年間だけで、本の半分以上を占めている。王が定めた期日までに全ての翻訳が終わる見通しは未だに立っていなかった。


「フェントお嬢様、ただいま帰還いたしました」


 図書館に意外な訪問者が現れたのは残り20日を切った頃だ。そいつはフェントが俺たちのために、参考図書を運んでくる最中であった。


「シャリポ……!」


 閲覧室に入ってきたのは、あの日オレたちのこの都につれてきたシャリポだった。


「ダンマルダーども…! お嬢様に小間使いをさせているのか!?」


 本の山を抱えているフェントを見るやいなや、シャリポの手のひらにあの赤く発熱する光が灯った。


「うわあっ!? まて! まて!!」


 慌てて、オレたちはギョンボーレの戦士から距離を取ろうとする。


「シャリポ、控えよ!」


 その時閲覧室の高い天井に、フェントの凛とした声が響き渡った。


「ここは神聖なる智の殿堂なるぞ。いかな理由があろうと狼藉は許しません!」

「は、ははっ!」


 シャリポは慌てて、フェントの前にひざまずく。


「それに、これは小間使いなどではありません。智の守護者・オベロン王の命令であり、真なる転生者を育むための大事な戦いです」


 フェントは毅然とした声色から一点し、柔らかな口調と微笑みをたたえた表情でそう言った。


「失礼いたしました」


 シャリポは、フェントに陳謝すると、こちらを見てきた。


「よ、よう。久しぶりだな」

「ほう、少しはまともな発音になったようだな?」

「おかげさまで。見ての通り文字も読めるようになり、本の解読もだいぶ進んだ」

「そうか……ならば」


 シャリポは少し考えたあとに、尋ねてきた。


「お前の机の横にある食べ物、なんて名前だ?」

「馬鹿にするなよ。パクランチョだ」

「なぜ、その名で呼ばれている?」

「ええと、魔王サードルを倒した黒き英雄イドワ。その盟友であるパクランチョ将軍が陣中食として発明したという伝承からだ」


 パンハグハに肉を挟んだ料理パクランチョ……俺達の世界でサンドイッチと呼ばれていたものは、この世界でも朝食や昼間の軽食としてありふれたものだった。

 サンドイッチがイギリスの貴族の名前から取られているのと同じように、パクランチョも歴史上の軍人の名前が元となっている。このシンプルな食べ物の名前の由来が似ていることに、俺たちは変な感動を覚えていた。


「なるほど。確かに言葉も知識も、それなりになってきたようだな」


 シャリポはニヤリと笑った。

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