第七章 歴史の書と転生者

第42話 さらに5ヶ月後の話

 ギョンボーレの都の図書館に入って5ヶ月。あの日、はぐれ転生者の里で異世界語辞典の制作を決意してから半年以上が経っていた。


「……つまり、ノブナーグ王の部将パクランチョがヘンタルの丘で魔王軍を撃滅したのがヘンタル丘の戦い。で、30年後に新生魔王軍がヘンタル州軍に奇襲をかけたのがヘンタル川砦の戦い、ということか?」

「ややこしいですね。こっちの地図を見ると、ヘンタルの丘も砦も川の西岸にあります。ここは、第一次ヘンタルの戦い、第二次ヘンタルの戦いとしましょう」

「おい、こっちのパクランチョ回顧録だと、魔王軍との戦いの10年前にノブナーグが隣国との勢力争いをしているぞ。第一次、第二次とするなら、この戦いを第一次にすべきじゃないか?」

「それを言ったら、100年前にもここで戦闘があったって、オベロン王は書いてるぞ」

「なんでそんなに戦いが多いんだよヘンタルの丘……」

「まぁ交通の要衝ですしね。ヘンタルの街は大きな街道の交差点ですし、ちょっと西へいけば大陸最大の貿易港バトレバです」

「魔石の歴史担当の俺に言わせれば、その南のベンチラスカの森は伝統的な魔族の拠点のひとつだ。この森には魔石が発生すること無く、瘴気がこもりやすいらしい」


 見ての通り、みんな驚くほどこの世界の知識を集めていた。この世界の地理や文化、風習への理解が深まり、それらが全て歴史書の解読に力を与えてくれる。


 もちろん、ここまでトントン拍子に話が進んだわけではない。むしろ、解読が快調に進み始めたのはここ何週間かの話だ。星見の夜から3ヶ月以上は何も進まないに等しい状況が続いた。


「いや、まさかこんなに色々あるとはな……最初にヘンタル地方の昔話を読んだときには、思いもしなかったわ」


 リョウが、薄くて文字の大きい本をペラペラとめくりながら言う。今議論の中心になっているヘンタルという地域に代々伝わる昔話をまとめた子供向けの本だ。


 星見の夜に考えた「子供向けの書物から始める」という方針。アツシがメモした星物語の内容を手がかりに、同じ内容が記述されたやさしい本を探した。


 オレたちが住んでいた時代の日本には、小さい子向けの本はたくさんあった。が、この世界ではほんの少ししか見つからなかった。フェント曰く、一般人には本を読む習慣がないそうだ。この図書館にある子供向けの本も、貴族の子どもたちが、乳母や家庭教師に読んでもらうためのものだという。


「まぁ俺達の世界だって、昔は似たようなもんだったろうしな。むしろモノが少ない分的を絞りやすいだろ」


 オレたちはそう言って、星物語が描かれている本数冊に目星をつけた。まずは、その内容を完璧に翻訳できることを目指す。そこで1ヶ月かかった。

 さらにそこから別の児童書の翻訳に取り掛かる。ヘンタル地方の昔話もその中の一冊だった。それらの翻訳にさらに1ヶ月。そこから、チームを地理担当、魔石担当、交易担当、文化担当、英雄の伝記担当といった感じに細分化し、それぞれの分野の大人向け書物に標的を移していった。


 その間にオレは、異世界語辞典の追加を再開していた。みんなが本の中から集めてきた、新しい単語や文法をまとめる。そしてリョウの〈書籍投影〉でみんなにフィードバックする。

 追加する分量は、村で覚えた言葉の何倍にもなり、〈連続攻撃〉を丸一日繰り返すような事態にまでなっていた。当然、疲労の蓄積もハンパないものになっており、アツシは翻訳作業を離れ、ほとんどオレ専属の看護師と化していた。


 けど、その甲斐もあって、みんなの集めた言葉が次第に結びついていく。3ヶ月目の中頃から、加速度的に読書スピードが早くなった。それに伴い、遅々として進んでいなかった歴史書の解読もスムーズに行われるようになっていた。


 そして……


「で、そもそもの今日の本題だけど……このノブナーグ王って、"彼"だよな?」


 リョウの問いかけに一同うなずく。


 歴史書やその他多くの書物を読んでいくうちに、オレたちは過去の転生者たちの素顔に近づいていった。そしてそれは、オレたちも体験した『転生』というシステムそのものを知る事につながるのである。

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