第40話 星見の夜
丘には続々と人が集まってきた。図書館からリョウたちを呼んで戻ってくると、フェント以外にギョンボーレ族が数人来ており、さらにそこから増え続けている。
オレたちは何が始まるのかまるでわからず、昼間の口論もあって互いにバツの悪い表情を浮かべたまま、そこに立ち尽くしている。集まってくる都の住人たちは、丘の上に立つあずま屋のまわりで何かを作業したり、大皿に料理を盛り付けて持ってきたりしている。
「な、なぁフェント、一体何が始まるんだ?」
『ふふっ 皆さんはゲストですので、ゆっくり待っていて下さい』
せわしなく動き回るフェントを捕まえて尋ねても、あの柔らかい笑みを浮かべて意味深なことを言うだけでさっぱりわからない。
「宴会でも始める気なんでしょうか……?」
「ああ……料理が続々と運ばれてるし、バーベキューでも始まりそうな雰囲気だよな」
「いいや、わからんぞ。あのあずま屋、よく見ると村の魔石堂と似た作りだ」
アキラ兄さんに言われて気がついた。あずま屋は、四本の柱で三角の屋根が支えられるた、教会の尖塔のような構造をしている。塔の根本からは四方にも屋根が伸びていて上から見ると、十字形となっている。あの作りをそのまま大きくしたら村の魔石堂だ。
「考えてみると、あの図書館の作りも似たような感じだな。宗教的な意味のある形なのかもしれん」
「てことは、あの大皿料理はお供え物的な?」
「ああ聖神ティガリスへのな。ついでに異世界から迷い込んできた言葉も話せぬ男も捧げ物にされるかもしれん」
「兄さん、笑えねーよ」
「そうか?」
アキラ兄さんは一人でククっと笑った。生贄はともかく、宗教的な行事というのは合ってるかもしれない。ただ、フェントはなんでそれにオレたちを呼んだんだ? 皆の心を解きほぐすといったけど、なにか関係あるのか?
『そろそろ日が暮れますね。ゲンさん、おまたせしました』
フェントがオレたちの近くに歩み寄ってきた。そういえば空はいつの間にかオレンジと紫色のグラデーションに染まっている。このギョンボーレの都は、谷底にあるため日が暮れるのが早い。太陽はとっくに山の縁に隠れて見えなくなっており、空に浮かぶ雲の赤色だけが、その名残となっている。
やがてその雲も色があせていき、薄暗くなった空にちらちらと星がまたたき始めた。
「みなさん それでは ほしみのよるを はじめましょう」
フェントがあずま屋の前でそう宣言すると、三角耳の人々の中から歓声が起きた。次にフェントはオレたちの方を見る。
『今から始めるのは、私たちの一族に伝わる儀式「星見の夜」です。本来は年に四回、暦の区切りで行うのですが……特別に王に許可をいただき今夜執り行うことにいたしました』
フェントの解説の日本語訳が頭に響く、やっぱり何か儀式を行うんだ。『星見の夜』……いったい何が始まるんだろう? フェントはくるりとオレたちや群衆に背中を向けると、懐からぼんやりと紫色に光る何かを取り出した。あれは……魔石だ! 村の魔石堂に祀られていたものとは輝きの色が違うけど、魔石に間違いない。
フェントはあずま屋の……いや祭壇の中央に魔石を捧げた。
「聖神ティガリス 空の神エナウリ 夜の神ウィー 闇よを つかさどる みはしらの 神よ わがくもつの 魔石を もって 今宵 われらに みちを しめし給え」
ゆっくり、そしてはっきりと発音するフェントの言葉はオレたちに耳にも捉えやすかった。ティガリス、エナウリ、ウィー、どれもオベロン王の歴史書の序章に登場する神の名前だった。その他の言葉も違和感なく耳に滑り込んでるものが多い。
「ひとの 道のりは わが 道のり きのうの 道しるべは あすの 道しるべ われは 今を いきる 者 その道は せきじつを いきた 者に ならわん」
魔石の光が強くなり、まっすぐと上に向かって光の柱が伸びる。それが三角屋根にぶつかると、今度は屋根そのものが紫色に輝く。
「うわ……」
「何が起きるんだ……?」
オレはゴクリとつばを飲み込む。光から目を離せず周りの様子はわからないけど、リョウもアツシも他の皆も全員、同じ顔をしているに違いない。
屋根の発光は、その下で発生した現象と同様、天に向かって光の柱を伸ばし始める。そしてそれがかなりの高さにまで達した所で、夜空そのものが輝き始めた。
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