第38話 苛立ち

 一週間かけて、42文字と0~11までの数字の特定が終わった。

 推測していた通り、表記はローマ字に近かった。母音と子音の組み合わせで発音を表す。ただ、どこからどこまでが母音なのか、何を持って子音と扱うのか、その辺りははっきりしていない。必ず2文字で1音を表記するのかといえばそうではなく、3文字で1音のパターンや、発音をしない文字なんてのもある。


「まー英語のknifeナイフも最初のkは発音しませんしね、珍しいことでもないかと」

「そのあたりの分類が必須かと言うとそうでもないしな。オレたちは別に言語学者じゃないわけだし」


 なにはともあれ、これで最低限文字を読めるようになったわけだ。これでいよいよ歴史書の解読にとりかかれる。


 と思っていたんだが……


「これは……」

「だめだワケわからん……」


 大変だと覚悟はしていたけど、さっぱりわからない。農村で覚えた日常会話など殆ど役に立たない、不可解な文章の羅列だった。


「オイ、早くしてくれよ」

「急かさないでくれよ、あと3つ調べたい単語があるんだ」

「そんなに溜め込まないで、その都度調べに来ればいいじゃないか!」

「いちいちそんなコトできないくらい、わからない単語があるんだよ! お前だってそうだろ!?」


 徴税官の日記と同じように、オレが〈連続攻撃〉スキルで写本を作り、分担して解読をしているのだが、すぐにわからない単語にぶつかるから辞典が必要になる。

 フェントにもう2冊、辞典を運んできてもらったけどそれでも足りず、常時取り合いの状態が続いていた。


「おい、ゲン!! ここ意味が通らないぞ!? お前が写し間違えてるんじゃないのか?」

「えっ、どこだよ?」

「ホラこれだよ! ここ『森を飲む』っておかしいだろ『飲むナート』じゃなくて『近いナー』じゃないのか?」

「あー……そうだな、悪い」

「ったく、しっかりしてくれよ!」

「ゲンにあたってもしょうがないだろ! 一人でこの写本作ってるだ。少しのミスくらい……」

「なんだと?」

「やめろやめろお前ら!!」


 先が見えない作業に、皆が苛立ち始めている。この本ばかりの建物に閉じこもって今日で10日目、精神的にもキツくなっていた。


「だいたいよ、ココまでして読まなきゃいけないのかよ、この本!!」

「は?」

「大変だけど村の魔石がかかってるんだ、やるしかないだろ」

「そうそう、そこだよ! なんでオレたちがゲンの尻拭いしなきゃいけないんだよ?」

「おい!! それ言ったらダメだろ!?」

「オレたちはあの山でひっそりと暮らしてりゃ良かったんじゃないのか? 魔石なんて知ったことか……」

「………………」


 返すべき言葉が見つからない。たしかにそうだ、これはオレにしか責任がない問題だ。こいつらを巻き込んで本当にいいのか?


「転生者全員に責任がある問題。魔石の件は全員それで意見一致したはずだよな?」


 珍しく、リョウが怒りを込めた口調で言い放った。


「リョウ、やめてくれ。お前までそんな口調じゃ……」

「けっ! やってられるか!!」

「お、おい待てよ!!」


 数人がドタドタと席を立ち、閲覧室を出ていった。


「最悪だ……」


 その様子を眺めながらハルマがぼそりとつぶやいた。


『あ、あの~~』


 頭に声が響く。全員が視線を横に向けると、フェントが立っていた。


『そろそろ昼食の時間なので、お声がけしようとしてたのですが……その……』


 彼女はおずおずと横においてある車輪のついたワゴンを指差す。その上には銀の皿が載せられ、20人前のサンドイッチパクランチョが盛り付けられていた。


「ふぅ……仕方ない。みんな根を詰め過ぎだ。休憩しよう」


 残された皆が、ワゴンの前に並び始める中、オレはリョウに近づいた。


「リョウ、あいつらはオレが呼んでくる」

「いや、ほっとけよ」

「だめだ」


 オレは首を横に振る。


「このまま空中分解じゃあだめだ。発端がオレなのは否定しようがないし、オレが呼び戻してくるよ」

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