第35話 文字を拾う

「……と、これが最後のページです」

「よし、ということは全部で42字か……」


 オレは皆が見守る中、フェントから貰った紙に辞典に記された言葉の頭文字を書き写していった。

 その未知の文字たちの書き心地は、カタカナに近いように感じた。直線と角が多く、カーブを描く文字は殆どない。直線の本数は1~6本、だいたいが三角形か四角形を作りそこに線を数本付け足して1文字としている。中にはその付け足しの線が複数文字を貫いているものもある。


「こういうのって……アルファベットの筆記体みたいなものでしょうか?」

「どうだろうな? 決めつけるのは良くない気もするけど、とりあえずはそう考えておくか?」

「ですね。あとは……大文字と小文字のような区別は無し……でいいのかな? 見た感じでは、頭文字と同じ形の文字を二文字目以降も使ってますよね」

「いや、どうだろう…… さっき、何だコレって思った変な形の文字あったぞ?」


 それぞれが気がついたことを言い合う。村で聞いてきた言葉を辞書に起こす前にも、こういう会議は行っていたので、皆同じノリで思い思いのことを話していた。

 それを、オレは手元においた別の紙にメモしていく。


「ひとつだけ安心したことがあるんじゃないか」


 リョウが言う。


「アツシが心配していた、表音文字か表意文字かの問題。42文字程度なら、少なくともこの世界でメインで使われている文字は表意文字と考えていいだろう。アルファベットより多く、ひらがなよりチョイ少ない。これならオレ達もマスターしやすいはずだ!」


 皆、異論はなかった。最悪の予想は、漢字のように複雑な文字がよく似た形で何十パターンもある場合だったけど、その心配はなさそうだ。


「それじゃあ次は、これらの文字がそれぞれどんな発音を担っているか、ですね」

「あ、それについては俺に考えがあるぞ」


 手を挙げたのは桐山マサル、一番最初に俺の辞典の被験者になった男だ。


「まず、俺たちがこれまでに覚えてきた単語を見つけて、それを手がかりにするしかない。これはいいよな?」

「ああ、そうだな」

「となると、俺たちが知ってる単語が多く載ってるジャンルの本がいい。それってなんだと思う?」

「そりゃ……農業関係なんじゃないのか?」


 オレたちの言葉の先生である、村人たちはほとんどが農夫だ。村の周囲の広大なペタフ畑を作り、それを挽いてフフッタ粉を作って、王宮への納税や行商との商売に用いている。


「だろ!? なら話は早い。フェントちゃん! 農業の……特にペタフの育て方について解説してる本を持ってきて! 絵や図解が入っているのだと特に嬉しい!」

『…………』


 フェントは少し困ったような顔をしただけだ。口を開かず、頭の中にも何も言葉が響かない。


「……あれ?」

『えっと…… ペタフの育て方……ですか??』

「う、うん……」

『あの、そういうのは……農夫の皆さんは、親から教わるものなので……わざわざ記している書はないかと思います……』

「え゛……?」


 マサルの考えを聞いてる間は「おお!」と思ったけど、よくよく考えてみればその通りだった。この世界の農夫が、テキストを読みながら作物を育てているとは思えない。ベランダで日曜菜園をやるサラリーマンじゃないんだ。そもそも、村で文字を見たことが殆どない。識字率も高くないのかもしれない。


「くっそー! いいアイデアだと思ったのになー!!」


 マサルは長机を軽く拳で叩くと、がっくりうなだれた。


「いや、いいアイデアですよマサルさん!」


 フォローするようにハルマが応える。


「農夫の生活をわざわざ書くような本があればいいんですよ」

「そんなのあるか……?」

「ありますよ。フェントさん、王宮の貴族や役人がガズト山の近くを訪れた紀行文ってありませんか?」

『紀行文ですか……わかりました、探してみます』


 フェントはくるりと踵を返して、本棚へと向かっていった。


 

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