第28話 霧の中の都

 センディとイーズル、そしてアマネの3人だけは村に戻ることになった。サスルポに囚えられていたセンディは体力を消耗しており、これ以上山の中を連れ回すにはいかない。イーズルはそのことをシャリポに伝えた。


「わかった きょかする」


 シャリポは短い言葉で返答した。


「イーズル こいつを たのむ」

「ああ おれが こいつと アニーラを しあわせにする おまえのかわ……ガダー!!」


 『ガダー』は日本語に翻訳すると「痛い」だ。どさくさに紛れて、アニーラをめとろうとしたイーズルにキンダーは強烈なパンチをお見舞いした。


「ゲン……」


 弱々しい声で、センディがオレに話しかけてきた。


「ごめん こんなことに…… おれ ゲンの やくに たちたくて……」

「わかってる ませきをもって かえってくる」


 オレはセンディの頭をポンと軽く叩いた。



 アマネをメンバーから外したのはシャリポ本人だった。


「ちょっと! なんで私はついてっちゃいけないわけ!?」

「わが せいいきの ばしょ しられては ならない」


 シャリポは、アマネがオレたちに〈マーカー〉スキルを使用する瞬間を見逃していなかった。これから何処へ連れて行かれるかわからない。だからアマネは来た道をいつでも引き返せるよう、メンバー全員にスキルを使おうとしていた。


「すぐに スキルを かいじょ しろ さもなくば」


 シャリポは右手の上にあの赤い光を発生させる。


「わかった! わかりましたよ!!」


 アマネが指をパチンと弾くと、オレたちに発動していた〈マーカー〉は解除され、足跡が光ることはなくなった。



      *     *     *



「うわ……」


 オレは絶景に言葉を飲み込んだ。西の空が真っ赤に染まり、太陽が沈もうとしている。

 出発から3時間あまり……ガズト山の尾根に到着した。それほど高い山ではないとはいえ、ここまで来るとかなり遠くまで見渡せる。山の麓を流れる川は、西日を反射してオレンジ色に光りながら南に向かう。その途中にあの村があり、そこから視線を左に移せば、オレたちの隠れ里がある山の影がぼんやりと見えた。


「そろそろ夜だぞ? まだ歩くのか?」


 リョウがシャリポに尋ねる。山中に住んでいるオレたちも、よほどの理由がなければ、夜の山を歩き回るようなことはしない。


「あんしん しろ もうすぐ つく」


 シャリポと子供のギョンボーレはこちらを振り向きもせずに、歩き続けていた。


「ん?」


 突然、周囲の視界がかすむ。霧だ。つい今、夕焼けの絶景を見たばかりだったのに、あっという間に周囲が真っ白になるほどの霧に囲まれた。


「山の天気は変わりやすいと言いますけど……」

「バカ言うな。360度どこを向いても雲なんてなかっただろ」


 リョウの言うとおりだ。この霧は突然現れたとしか言いようがない。明らかにただの自然現象ではない。シャリポは霧の中を黙々と歩き続ける。


「おい、みんな! 前にいるヤツの背中を見失わないようにしろよ!!」


 尾根伝いの細い道を、オレたちは一列になって進む。いや、道らしい道などない。斜面と斜面の間の、かろうじて歩けそうなわずかな足場を歩いているだけだ。その足場だって、白い闇に覆われて注意しないと見失いそうになる。

 不思議なのは、さっき夕焼けを見ていたはずなのに、いつまで経っても夜にならないことだ。視界は悪いが、周囲は白いままだ。

 そんな中、足元をしっかりと踏みしめながら、前方との距離が開かないように歩き続ける。ギョンボーレのヤツら、いつまで歩かせる気だ?


「ついたぞ」

「え?」


 シャリポたちは足を止める。途端に、オレたちの周りに立ち込めていた霧がすうっと晴れていく。


「これは……」


 山の尾根を歩いていたはずなのに、いつの間にか谷底にいた。両側の斜面は、四角い石で階段状に補強され、その上には花が咲き乱れている。花壇の段々畑といったところか。その花畑の所々には、やはり石で作られた建物が立つ。歴史の教科書で見た古代ギリシアの神殿のような形の建物だ。


「ここが わがいちぞくの みやこだ」 

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