第29話 妖精王

 街というよりは、巨大な庭園。ギョンボーレの都はそんな印象だった。石造りの建物は密集しているような場所がなく、花が咲き乱れる谷のあちこちに点在している。それを結ぶように、やはり石で舗装された道が通り、その横にはきれいな水が流れる用水路が掘られている。

 外にいるギョンボーレは皆、シャリポと同じような背格好だった。とがった耳と白い肌。そして明るい色の長い髪。顔はみな美形で、年齢も性別も見分けにくい。まさしく、オレたちが元の世界で楽しんでいたファンタジー作品に登場するエルフそのものだ。


 シャリポは、谷の中心にあるひときわ大きな建物までオレたちを連れてきた。白い石の壁と、丸い柱で支えられた三角形の屋根、それぞれに細かい彫刻が施されている。近くで見ると、より古代ギリシアの建物に似ていることがわかる。


「おまえたちの なかで ことばを まなぼうと いいだしたのは だれだ?」


 建物の入り口につづく階段。その手前でシャリポは立ち止まり、オレたちの方を向いた。


「言葉を学ぼうとしたのは……」

「言い出しっぺはゲン。皆に呼びかけたのは俺とアツシだな」


 リョウの言葉に一同頷く。


「この 3にんだ」

「よし おまえたちを だいひょうしゃと みなす これより われらの おう オベロンに あってもらう」

「えっ!?」


 後ろの方で誰かが声を上げた。


「ついてこい」


 シャリポと子供のギョンボーレは階段を昇り始めた。


「あの……ゲンさん!」


 後に続こうとすると、水村ハルマが声をかけてきた。異世界語解読に一番早く興味を持ったグループの一人だ。雑学が豊富で、村人から言葉を聞き出すときも、いろんなアイデアを出してくれたヤツだ。


「どうした?」

「もしかしたら、ただの偶然かもしれませんが……これから会う奴、たぶん俺達の世界を知ってます」

「どういうことだ? 連中の王ってヤツがか?」

「はい、オベロンって名前……俺達の世界の『妖精の王』と同じ名前です」

「なんだって!?」

「……あ、それでか」


 リョウ、がポンと軽く手を叩く。


「いや、オレもなにか聞き覚えがある気がしたんだ。そういや昔読んだラノベにそんな名前が出てきた」


 ハルマは説明を続ける。


「もとはヨーロッパの伝説に出てくる名前です。そこからシェイクスピアの戯曲にも登場するようになって、最近のファンタジー作品でも出てくることが多いです」

「なるほど……」


 オレたちの知る妖精エルフによく似たギョンボーレ族。そして妖精の王オベロンと同じ名前を持つ彼らの王。偶然? ……いや、それにしては出来すぎている。


「なにしてる! はやくこい!?」


 シャリポが階段の途中でとまり、オレたちに声をかけてきた。


「何にしても、会ってみなければわかりません。行きましょう」


 アツシの言葉に、俺とリョウは目を合わせて頷いた。


「気をつけて」


 ハルマはそう言って、オレたちを見送った。



      *     *     *



 建物の内部。大広間があり、その最奥の玉座に一人の男が座っている。


『わが娘、フェントを助けてくれたそうだな。礼を言う』


 一瞬、何が起きたかわからなかった。あまりに自然に頭の中に言葉が流れてきて、日本語で話しかけられたように感じた。


『驚いているところを見ると……そうか。やはり〈自動翻訳〉スキルを持っていないと見える』


 やっぱり頭の中に直接言葉が流れている。穏やかな語り口は、確かに目の前にいる人物の口から発せられているものだったが、その意味は脳内に直接響いていた。


「これが……〈自動翻訳〉スキル?」

『そうだ』


 女神がド忘れしない限り、転生者に付与される能力。この世界の人間は、オクトのような転生者の言葉をこうやって受け取っていたのか!?


『改めて名乗らせていただく。ギョンボーレ……君たちが言うところのエルフ族の王、オベロンだ』 




 

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