第17話 門番のふたり

「ゲン エスカンナ!!」


 村までやってくると、門番のひとりイーズルが気さくに声をかける。『エスカンナ』は正午から日没までの挨拶、つまり『こんにちは』のことだ。


「エスカンナ! イーズル ……と、キンダー」


イーズルの挨拶に答えた後、もうひとりの門番の顔を見る。その男、キンダーはオレから顔をそむけ、あからさまにシカトする。

 オレを槍で打ちのめし、子供に話しかけたら血相を変えて追いかけてきた男。村人たちが徐々にオレたちに心を開いていく中、こいつだけは未だに敵意を捨てていなかった。


「きょうは これ もってきた」


 カタコトの異世界語を話しながら、おれは背中のカゴに入れていた干し肉を見せる。


「ターグルの ももにく リョウがうった それ オレたちで ほした」


 ターグルは元の世界の鹿に似た獣だ。ただその角は6本あり、頭から首にかけて3対生えている。肉の味も鹿に近い……らしい。オレはそもそも鹿の肉をちゃんと食べたことがないからわからないけど。


「いいねえ! バーハ と ゲサーシィ!!」

「ゲサーシィ?」


 オレは服のポケットから紙束とペンを取り出す。この村でゆずってもらったものだ。バーハは、小麦粉によく似たフフッタという粉を発酵させて作るビールによく似た飲み物だ。オレたち転生者の間では「ビール」と呼んでいる。

 問題はゲサーシィだ。初めて聞く言葉だ。


「おお そうか ゲサーシィ は ええと…… ビールバーハ と ほしにく よい!!」


 イーズルは、オレがメモを取り出した事で察し、説明を始める。うんうん、とオレはうなづきながらメモをとる。


「ハグハ と ほしにく よい!!」


 うんうん。ハグハは、フフッタを、練って焼いたこの世界の主食。要するにパンだ。


「そして おれ と アニーラ よい!! これ ゲサーシィ!!!」


 イーズルそう言った次の瞬間に、キンダーがイーズルをにらみつける。アニーラはキンダーの妹だ。イーズルがアニーラを好きなことは、村中の人間が知っていた。


 なるほど、ゲサーシィは『合う』とか『相性がいい』って意味か。今でも村人と話すたびに新しい言葉と出会う。意外な言葉が抜け落ちてたりする。


「うわっ グ グラグシした だけだぞ キンダー!!」

「おまえ グラグシ わらえない!!」


 メモを取り終わって顔を上げると、キンダーがイーズルの胸ぐらをつかんでいた。異世界人同士の言葉は、まだちゃんと聞き取れない。けど、何となく想像つく。

 キンダーは、妹に男が言い寄るのをよく思っていない。それは、彼女が未亡人であることと関係しているみたいだけど、詳しいことは知らない。


「ピサスラパータ にいさん?」

「あっ ゲンだ! こんにちはエスカンナ!」


 噂の主、アニーラがやってきた。すぐ横には彼女の息子センディがいる。あの日、オレに木の実の名前を教えてくれた子供だ。キンダーは軽く舌打ちをして、イーズルをつかむ手を離した。


こんにちはエスカンナ アニーラ センディ」


 オレは二人に頭を下げる。異世界人の挨拶では頭を下げるようなことはしないのだけど、元日本人としてのクセでついついこれをやってしまう。それを見てアニーらはクスッと笑う。


「おべんとう サパーラ はい これ にいさんの こっちが イーズルの」


 アニーラが肘から下げたバスケットから中身を取り出して二人に渡す。


「うわぁ! うれしいな!  クフィラット アニーラ!!」


 イーズルは大げさに喜ぶ。その様子を見て、またキンダーが舌打ちをする。


 二人が手渡された弁当は、パクランチョだ。これはパンハグハに肉と野菜を挟んだもの、元の世界で言うところのサンドイッチだ。


「ああ それと……」


 アニーラはオレの方を見ると、ゆっくりとオレが聞き取りやすい言葉で話す。


「むらおさ いった ゲン このむら きたら ませきどう こい」

「魔石堂に……?」


 魔石堂は村の中央にある石造りの建物……オクト達が魔石を奪い取ったあの建物だ。村長があそこにオレを呼び出す……何か重たい意味があるのは間違いなさそうだ。


「オレも いく」


 キンダーが言った。


「オレ おまえ しんよう しない ひとりで ませきどう いかせない……!」


 



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