第四章 こんどは オレ あなたたち たすける
第16話 それから2ヶ月の話
それからは、試行錯誤の毎日だった。
リョウは「異日辞典」の作成計画を、里でくすぶっていた転生者たちに説明したが、最初から乗り気だったのは数人のみだった。
とはいえ、数人でも人手が増えるのはオレたちにとってはありがたい。翌日から賛同者全員で山を下りて、あの村へ通う日々が始まった。
村の方は流石に不審に思ったのだろう。これまで週に一回程度、2~3人で山の幸を物々交換しに来ていた連中が、突然毎日7~8人で現れるようになったのだから無理もない。
あの川で遊んでいた子どもたちは、大人に言いつけで村の外に顔を出さなくなってしまった。
代わりに畑に農作業に出てくる者たち、用水路を掘る者たち、そんな彼らに昼になると弁当を届ける家族たち……村の外に出てくる人間全員にオレたちは声をかけ続けた。
「ジンラータ コックル!!」
最初は誰からもそう言われた。声色から考えて、歓迎されてないことは確かだった。
オレたちは訪れる時間を昼と夕方に限定した。
里の仲間に、初歩的な火炎魔法を使える転生者と、一晩で酒を作るスキルを持つ転生者がいたのはラッキーだった。昼は山で獲ったキジ(によく似た鳥)を火炎魔法で焼いて、村人たちの弁当に添えてやり、夕方はキジの丸焼きに加えて、ペペットで作った酒を振る舞った。
腹がふくれれば、あるいはほろ酔いになれば、気分が良くなるのはどの世界の人間も同じだった。オレたちのプレゼントに気を良くした村人は、その時間だけはオレたちの「ラノ ヤ?」に答えてくれた。
キジのようなこの鳥は『キーン』、ペペットの酒は『ペルシュム』だ。
里へ戻ると、オレは辞書に加筆をしていく。〈n回連続攻撃〉のスキルは思ったとおり、筆記作業に転用できた。
炭化した薪を細くして作ったペンを「武器」と、ノート代わりの板を「敵」と認識し、
最初は上手くいかなかったけど、コツを掴んでからは早かった。文字の1画を攻撃1回と扱う。1文字を書くのに3~10回程度の連続攻撃。さらにそこから、連続して繰り出せる攻撃回数を増やしていき、1単語を1回のスキル発動で、さらには1行を1回で……。少しずつだが確実に筆は速くなっていた。
一回のスキル発動で書ける文字数が増えると、その分オレの身体に掛かる負担も増える。けど、それはアツシの〈汎用回復〉スキルが癒やしてくれる。そしてその間に、リョウが〈書籍投影〉スキルで仲間たちにその日の成果をフィードバックしてくれた。
行動の名前…つまりは動詞の学習も重要だった。「持つ」は『ベチィ』、話すは『ガーシュ』、「耕す」は『コーロー』……
オレたちが、それぞれの動作をジェスチャーで表すと、ほろ酔いの村人たちはそれぞれの名前を教える。そして、名詞と動詞が組み合わされば、初歩的な「文章」になる。文章に対して文章で答えれば「会話」が成立する。
最初に村人に言われた『ジンラータ』は「お前たち」、『コックル』は「邪魔する」だということも、ジェスチャーを通して知った。
「コックル スミマセン」
オレたちは神妙な顔で頭を下げると、それは『カシュナスム』だと教えられた。
「
そう言いながら改めて頭を下げると、返ってきたのはペルシュムの入ったコップだった。オレはそれをありがたく頂戴し、それを一気に飲み干した。転生前の年齢? 細かいことを気にしてはいけない。ほんの少しでも確実に前進している。この1杯は、そんな地道な作業の輝かしい「成果」なのだから…
そんな事を繰り返すうちに、里に残る他の転生者達もオレたちの活動に興味を持つようになってきた。そして、協力者が増えるほど覚える言葉も増えていく。
2ヶ月が立つ頃には、オレたちと村人との間には、基本的な日常会話なら出来るくらいの関係が結ばれていた。
事件が起きたのはそんなときだった。
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