第15話 オールも舵もないボートで

 はぐれ者の里に戻ってきた。


「なにか書くものってあるか?」


 リョウもアツシも黙って首を振る。


「何にもないのか!?」

「逆に、あると思うか?」


 まぁ、それもそうだ。この世界の人間とはコミュニケーションを取れないし、里のはぐれ者同士で、何かを書いて記録するような必要があるとも思えない。


「あの、コレとかどうですか?」


 そう言ってアツシが差し出してきたのは、木の板切れと、炭化した薪だった。まあ仕方ない。薪を板にこすりつければ文字を書けないこともない。オレはアツシから超原始的な筆記用具を受け取った。


 今、村で覚えてきた単語は7つ。昨日ここで推測したものが3つ。それらを思い返しながら板を薪の先端でこする。太くブサイクな文字だけど読めないことはない。この世界の文字なんか知ったこっちゃないから、全てカタカナ表記だ。


「よーし! 完成!!」


 オレは、板切れを二人に見せた。


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 ラノ:これ

 トク:石

 アザー:かご

 ペペット:木の実

 ジャス:水

 ワヤァ:木

 ウケル:草/面白い

 テデット:村

 ヤ:疑問符(文の最後に付ける)

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「これは辞典だ!」

「辞典?」

「そうだ、異世界語-日本語辞典、異日辞典と言ったところか」


 リョウとアツシは板をまじまじと見つめる。


「ううーん……」

「努力は認めるが……」


 二人共、浮かない顔をしている。そんな辞書とも呼べないシロモノを作ってどうするんだ、と言いたげな顔だ。


「リョウ、お前のスキルは何だっけ?」

「え、それは…………ああ!!!」


 リョウは大声を上げた。ワンテンポ遅れて、アツシも何かに気づいたように顔を上げる。


「そうだ〈書籍投影〉だ。日本語の『本』なら投影できるんだろ? ならこの『辞典』も投影可能なんじゃないか?」

「言われてみれば確かに……やったことないけど……」

「やってみましょう! ぼ、僕、誰か探してきます!!」


 アツシは小屋を飛び出すと、すぐに別の男の手を引いてやってきた。


「な、なんなんだよアツシ!!」

「この人は桐山マサルって言います。異世界語はからっきしの僕たちの同類です」

「同類って、ずいぶんな言い方だなオイ。ここにいるヤツ全員そうだろ!」

「よし。リョウ、やってみてくれ」

「お、おう」

「な……何だよお前ら?」


 マサルと呼ばれた男は突然の展開に戸惑っている。その男の前にリョウが立ちはだかる。板切れを左手に持ち、右手を男の目の前にかざす。


「リョウ? 一体何を……ちょ、お前、やめろって」

「スキル発動!〈書籍投影〉!!」


 板切れとリョウの右手が青白く輝き、その輝きが男の眉間に吸い込まれていく。


「うわあああっっ!!!」


 発光は一瞬で終わった。


「出来たのか?」

「た…多分……」

「よし実験だ……」

「何なんだよお前ら本当に!?」


 マサルという男の声は、苛立ち初めている。


「よし、マサル。この世界の言葉で『村』ってなんていう?」

「は、なんなんだよ? そりゃテデットだろ!? ………え?」


 自分の口から出た言葉にマサルは戸惑う。


「今、オレなんて……?」

「よし『草』は?」

「……ウ、ウケル。ちなみに『面白い』もウケルだ……ウケるよな」


 マサルは乾いた笑いを浮かべながら答える。


「よっしゃ!!」

「成功……ですね!!」

「これを、この里のメンバー総出でやるんだ。全員で集めた情報をまとめて、さらに辞書の内容を更新する。そして、その内容を全員に投影する、これを繰り返せば……」

「俺たち全員が、異世界語を学ぶことが出来る!!」

「そうだ、辞書はオレが作る。〈n回連続攻撃〉を筆記に転用すれば、追加分は一晩で書けるはずだ。もちろん、スキルの連続使用は疲労が蓄積すると思う。でも……」

「僕の〈汎用回復〉で疲労は回復できる!!」


 オレは力強くうなずく。3人のスキルがしっかりと噛み合い、相乗効果を発揮する。勝ちパターンの確立だ!!


 当然、新しい言葉をものにするなんて簡単にできることじゃない。オールも舵もないボートで太平洋を横断するようなもんだ。


 それでも、オレの胸の内には希望の炎は燃え上がっていた。


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